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古都の2月。内覧前準備
『アリス様、メールが届きました。
花路様、お世話になっております。
早速ですが、次の日程は空いてますでしょうか。
緊急で申し訳ございません。
欠員発生により助力頂きたく連絡しました。
インして頂けますなら、共有ホルダーに
今回物件資料とシナリオを入れてさせてもらいます。
ご確認頂きお返事くださいませ。
直ぐに前のり手配をさせて頂きます。
何卒、宜しくお願い致します。以上です。』
ピコン♫
電子音と共にポケットがバイブ振動した。
と、同時に耳元のイヤホンから、AIに設定したイケボ音声がメールの内容を読み上げてくれる。
(この声。癒やされるわね。)
ちなみにAIアイコンは、雪の妖精シマエナガの冬毛バージョンにしている。
「ラビ、送られた日程とロケーションからスケジューリング。可能なら折返し定形文で、相手にメール返信をして。」
『かしこまりましたアリス様。、、、スケジューリングロードの結果、受諾可能ですよ。受諾定形文のメールを返信します。』
「了解。スケジュールはこの後どう変更になるかを、教えてラビ。」
『本日京都、関係者内覧準備から最終日4日後、
休日予定を繰り上げ。次は広島3日となりますよ。
アリス様は働きすぎです。メデカルチェックしますか?』
「メデカルチェックは不要よ、ラビ。スケジュールは了解。ありがとう。」
ピコン♪
『御用の際は、ラビをお呼びくださいね。アリス様。』
ポケットから取り出したスマホ画面から、イケボなシマエナガアイコンが消えている。
『ありがとう』がクローズの合図だから。
(ホントに便利ね、AI秘書って。)
「さて。そろそろ京都駅か。はあー、1ヶ月ぶりかな。今回のホテルも確か、、」
帽子女性社長のホテルだから、朝食はきっと、『おばんざいバイキン』。京都駅の北と東、堀川にもあるから、前のり予約定番ホテルになりつつある。
新幹線の窓から見える東寺の塔。今日は準備練習日だから、現場入りは少し余裕がある。とはいえ、
(入り時間のバッティングもあるから、ここからは気が抜けないわね。)
ダークスーツの皺を素早くチェック。手鏡でメイクとヘアチェックを済ませれば、早めにキャリーケースを片手に出口へと進む。
午前の京都駅は新幹線降車客も多いから、出口に前もって移動をしておくのがベター。
と、目の前に航空会社CAさながらの女が立ちはだかる。
「リョウカ、また現場が一緒なのかしら?」
両手を腰に当てて、仁王立ちする引っ詰め纏め髪に、黒のトレンチコート。スラリと伸びた長い足は黒のタイツに黒パンプス。
(CAさながらではなくて、現役CAか。)
わたしを睨む目線は、彼女のプライドと同じく高い位置。モデル並みのスタイル。
「空井キコ。それは私の台詞よね。あなたCAでしょ?どうして又、陸にいるの。」
「仕方ないでしょ!戦争で仕事がないのよ!!」
「・・・・。」
(キコを見ていると、世界平和なんて一生こない錯覚がするのは、わたしだけかな?)
きっと、残念な顔が出てしまっていたのだろう。キコの目尻が釣り上がるのが分かった。
「何?その顔?リョウカ。言いたいことあるかしら?聞いても良くってよ!」
「、、どうしてMAなの。」
「決まってるでしょ?CAもMAもイイ男を得るため。」
「はあ、俗物極まりない。」
見た目は美人なのだから、キコはデベロッパー先やらゼネコン先のメンズにモテる。雲の上でもそうだろうに何故彼氏を作らないのか。
「は?リョウカ!今日こそVIPフロアは、あたくしが回すから。貴女は20階辺りをウロウロしときなさいね。今日はシナリオ読みからテンション上げてきたんだから。」
ビシっと音が鳴りそうな勢いで、キコに指差し宣言されてしまった。
(どこか思い込みが激しいのよね。キコって。)
「与えられたタームをアテンドするだけよ。それに此処はタワーはないでしょ?じゃあ、お先に。」
新幹線の出口でキャスターを持つ2人が、言い合いなんて目立つだけ。
『京都。京都。プシュッ。』
ドアが開く空気音と共に、わたしはキャスターを
引っ掛け飛び出る。
「ちょ!待ちなさいリョウカ!」
空井キコが叫ぶ声がホームに響くけれど、構ってなんていられない。内覧練習準備の前に、わたしには立寄るべき場所があるのだから。
「さて、今日はどんな神様に呼ばれたのかな。」
わたしのボブカットの毛先が揺れる。
今がマンション内覧会のトップシーズン。
「寒い次期の京都は、まだ人が少ないな。ラビ、現場に1番近い社を教えて。」
ピコン♪
『お疲れさまですアリス様。本日の現場付近1キロ圏内を検索しますよ。』
イケメンボイスは京都で聞くと風情があるような気がする。
さあワンダーランドの始り。
わたしは、流離いのマンションアテンダーです。
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