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だがそうした場合に困るのがヒートだ。通常チョーカーで項を噛まれないように、番にならないように項が守られているのだが、ベータと偽る限りそれができない。
少子化もあり偽らず、差別のない世の中に、という声も高々と掲げられているが、それはまだまだ難しそうだ。
そんな中できたこの学校は、オメガかアルファ、その二つの性しか入学できない。
つまりは、バースを偽れない。
琥陽や颯珠のように本来のバースとかけ離れた容姿でない限り、偽る事はできやしない。
比較的差別がない所だと思っていたのだが、アルファの意識の低さを目撃し、それに碧海も慣れているようで。
アルファとして生きてきた自分と、オメガとして生きてきた碧海。
その二つの世界の乖離に、居たたまれなくなって顔を俯けた。
「ごめんね、汚い所を見せて」
「え?」
「江部くん、きっとこういう世界の事、あんまり知らないかなって……今見たことは、忘れて良いよ」
琥陽の様子に励ますように碧海が琥陽の肩に手を乗せる。
あまり知らない世界に心を痛めたと思われたらしい。アルファの一族に生まれた琥陽の事を、お坊ちゃんと思っているようだ。
否定はしないが、そこまで純粋なつもりもない琥陽はぶんぶんと首を横に振った。
「俺だってこういう場面に遭遇するの、初めてじゃないよ!」
「そうなの?」
「うん……俺の通ってた中学、少し荒れてたから」
苦笑し、琥陽は碧海の背にそっと手を回した。
「だから、無理に笑わなくて良いよ」
いつもの事だと、何でもないように振る舞う碧海に取り繕わなくても良いと背を叩く。
あんな事があったのだ、例え良くある事だとしても慣れるわけがない。
震えていた背中が、恐怖が、すぐに消えるわけがない。
「……ありがとう、江部くん」
腕の中の碧海は一瞬目を瞬き琥陽を見たものの、すぐに笑顔を浮かべシャツを握りしめた。
顔を隠し、また震えだす背中をそっと撫でる。
数秒そうしているとすぐに離れた碧海は、再度「ありがとう」と言って涙を拭った。
「もしかして、颯珠と何かあった?」
「え? なな、何かって?」
「分かんないけど……江部くんが授業サボってるところ、見たことないから。それに何だか、笑顔が曇っている気がして」
言われ、えっ、と顔をぺたぺたと触って確かめる。
自分でも訳の分からぬ感情が、気付かぬうちに表へと出ていたらしい。指摘されるとは思わず、琥陽は顔を触ったまま碧海の方に顔を向けた。
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