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(颯ちゃん!?)
全く慌てる気配のない颯珠の口角が僅かに上がったのが分かった。まるでスローモーションのように颯珠の瞼が落ちて、あ、と思った次の瞬間には唇が当たっていた。
「これで、いいですよね?」
「ああ……さすがだな。躊躇いもせずにキスするなんて」
「だってボク、琥陽の事大好きですから」
放心する琥陽に抱き着いて、小さな声で「顔、上げないで」と颯珠は囁く。
そのまま手を引っ張り琥陽を立たせると、どこかしらに歩き出した。
「続きがしたくなったので、失礼します」
にこやかに頭を下げ、食堂を出ていく颯珠に呆然としながらも琥陽はついていった。
ハっと気付いた時には結構歩いた後だった。
辺りを見渡すと誰もいなくて、喧騒は遠くから聞こえてくる。
「そそそ颯ちゃん!? 何してるの!?」
「何、って……琥陽を連れ出してるんだけど?」
「そうじゃなくて! あ、あのあれっ、えっと……っ」
「ああ、キス?」
「そう!」
「だってあそこでキスしないと、おかしいでしょ? いつでも仲良しなオレたちが」
「そそ、そうかもだけどっ」
琥陽の手を離すと、颯珠は琥陽に手を伸ばした。その指は唇に触れ、つんつんといやらしくつついてくる。
「もしかして、初めてだった?」
「……っ」
きゅっと息を呑む。
そんなの、初めてに決まっている。番とはただやっただけ、唇を合わせた記憶なんてない。
誰とも付き合ったことがなくて、当然キスもさっきのが初めて。それも皆に見られてだなんて……。
「そういう颯ちゃんは、どうなの? やった事、あるの?」
「ある、って言ったら、どうする?」
言葉尻を濁し、颯珠は琥陽を試すように意地悪く微笑んだ。
その表情にそりゃそうか、と妙に納得したような心地で琥陽は顔を俯けた。
颯珠は琥陽とは違い、恋愛に奥手ではない。バースを偽っているという点はあるものの、陰でひっそりと本当のバースを知る人と付き合っていそうだ。
そしてその人と、ああしてキスをしてきたのだろう。
キスした数だけ、付き合ってきた人の数だけ、恋愛に慣れているのだろう。
――初めての連続の、琥陽とは違って。
「嘘だよ」
何だかもやもやと考えて胸が苦しくなっていると、颯珠があっさりとそう言った。
「オレも、さっきのが初めてだよ」
ふっと目を細めると、「安心した?」と外向けのような満面の笑みを浮かべる。
「……嘘、だ」
「琥陽?」
「だって颯ちゃん、なんか慣れてたし……初めてなはず、ない」
ギュッと唇を噛みしめて、震える拳を握りしめる。
もやもやする。
こんなの、ただの駄々っ子だ。こうして拗ねれば、颯珠なら否定してくれるだろうって……はっきりと『違う』の言葉が聞きたくて。
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