神父とゴブリン

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 あの日、おれは村人に、ゴブリンを自分で処分したと説明した。放置された(むくろ)を憐れに思い、清めて敷地の端に埋めたのだと。徹夜明けの男たちは、あからさまにほっとしたようすでおれの話を信じた。あとは、ゴブリンの体力が回復したところで逃がしてやればいい。そう思っていた。  ところがゴブリンは、いつになっても出ていこうとしなかった。それどころか、歩けるようになると山鳥や山菜を取ってきておれに振る舞った。 「これ、ウマイ」 「話せるのか……」  このあたりのヤマゴブリンは知能が低い。だが、山向こうの平野部には集落を作って暮らす知的な種がいると聞いたことがある。こいつは、そこから来たのかもしれない。 「お前、家に帰らなくていいの?」 「ダイジョブ、ここイル」  あっさり返され、おれは頭を抱えた。その間にゴブリンは棚のほこりを払い、野菜を天日で干し、椅子の詰め物を入れ替えた。お前はおれの母親か? と思うほどのかいがいしさである。  その働きぶりに、結局おれは根負けした。懐柔されたと言ってもいい。フード付きのローブを与え、周囲には食い詰めた旅人を一時的に『奉仕の徒』として迎え入れたと説明した。村長は変な顔をしたが、たまにある話なのでそれ以上聞いてはこなかった。 「それで、お前をなんと呼ぼう?」  名前を聞くと、「ドゥルルッフッフッフゥー……」と謎の()(たけ)びを上げる。毎回それをやれというのか。ドルフと省略することにした。  そんなドルフは、おれの祈祷や説教を聞くのも好きらしい。目立たないように置いたついたての影から、いつも熱心に耳を傾けている。さらに助かるのは蘇生のときだ。ベテランの旅人の中には、仲間の遺体を前に値引き交渉を持ちかけてくるような(やから)もいる。おれは口達者なほうだが、荒っぽい連中と対峙するときはすぐそばに控えるドルフの存在が心強かった。  サモンの言う南の争いは、それほど時をおかずに田舎の村にも伝わってきた。 「このあたりが戦場になることはないだろう。だが、避難民や怪我をした兵士が逃れてくる可能性がある」  村長が苦々しげに言う。おれもうなずいた。 「万一のときは、教会を開放して対応するつもりだ」 「そうしてくれると助かる。だが頼むから、理不尽を言われても反抗しないでくれよ。特に兵士相手には」 「そりゃそうだ」  おれは請け合ったが、村長はむすっとしたまま帰って行った。おれが言うとおりにするか疑っているらしい。長い付き合いのせいで、考えていることがなんとなくわかるのだ。お互いに。
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