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マダラヤマドクバチに襲われたという旅人は、全身をパンパンに膨れ上がらせて死んでいた。
「一応、毒消しは準備していたのですが……」
仲間たちも、死人に負けず劣らず酷いありさまだ。旅慣れしていない装備を見ると、都会育ちの若者たちが運試しに家を出たというところか。教会を頼るのは初めてらしく、祭壇上の遺体を不安そうに見つめている。
「さっそく始めましょう。……さすれば」
固唾を飲む若者らの前で、おれは五本指を立てた。
「教会にご寄付をお願いいたします。金額はこれほど」
「え、五千?」
いきなり金の話をされて戸惑うのもわかる。だが、後回しにすると踏み倒すやつがいるのだ。文字どおり生殺与奪の権を握っている今のうちに、話をつけておいたほうがいい。顔を見合わせた旅人たちは、それぞれの懐を探り始めた。
「じゃあ、これ……」
「はい。確かに」
恨みがましげな視線は受け流した。田舎の神父は図太くないとやっていられない。勘定が済むと、おれは古ぼけた布を取り出して祭壇に向き直った。熟した果実のような遺体を布で覆う。
「彼の名前は?」
「サモンです」
「わかりました。では……
おお、我ら人の子の親にして、善なるものの守り手よ。旅人サモンの傷ついた体を癒やし、迷える霊を呼び戻し給え」
これは祈祷書にも載っている一節をアレンジしたもので、特に意味はない。さらに、覆い布にも意味はない。奇術と同じ、観客の気をそらすための仕掛けだ。タネは別にある。
おれは目を閉じ、誰にも聞こえないほど小さな声で『聖なる四文字の言葉』を唱えた。
一瞬の沈黙の後。覆い布がもぞもぞ揺れ、落ちた。
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