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マダラヤマドクバチに殺された男――サモンは、五日ほどで全快した。
「そろそろ出発します。生き返らせてくださって、本当にありがとうございました!」
「全ては神の御心です」
わざわざ礼を言いにきた若者たちに、おれも営業スマイルで対応する。
「蘇生の法は、いつでも成功するとは限りません。出発したその日のうちに教会に戻ってくる人もいます。皆さんはそんなことのないよう、旅の支度は万全に。神のご加護を!」
おれの親切なアドバイスに、旅人たちは教会を出るやいなや近くの商店に駆け込んでいった。マージン貰わなきゃな。
サモン一行が立ち去ると、おれは畑仕事に戻った。旅人の『ご寄付』だけでは収入が不安定なため、教会の裏手で野菜を作っているのだ。
「腰が痛てえ……」
この教会、基本的に他の働き手はいない。そもそも神父は人気のない職業だ。妻帯禁止など厳しい戒律に縛られている上、蘇生をめぐって気性の荒い旅人たちと渡り合わなければならない。当然、後継者不足が慢性化している。
おれは、旅人のカップルに置き去りにされた子どもだった。飛んで火に入る夏の虫とばかり、村人はおれを教会に押し込んだ。
「まあ、恨むなら神様を恨むんだな」
先代の神父は罰当たりなことを言いつつ、おれの面倒を見てくれた。読み書き、算術、人相見。ほとんど『見て盗め』の精神ではあったが、必要な知識は全て教わった。高齢の養父はおれが十六の年に亡くなり、それから二十と数年。村から一歩も出ることなく、死体と貧乏に向き合う日々である。
腰痛をごまかしながら雑草を引っこ抜いていると、騒々しい足音とともに子どもが駆け込んできた。村長のところの末っ子だ。
「神父さん! 村に魔物が入って来た!」
「魔物?」
「今、父さんたちが追ってるよ!」
近くの山には、マダラヤマドクバチの他にもグンタイネバネバやヤマゴブリンが生息している。それらが人里まで降りてきたというのか。
「よし、お前は家に戻ってろ」
おれは汚れた手もそのままに教会を出た。退魔の法など知らないが、男手があるに越したことはないだろう。
広場は大騒ぎになっていた。村人たちが農具や木の棒を持ち、何かを取り囲むように集まっている。おれは村長の姿を見つけて近づいた。この男とは年が近く、付き合いも長い。
「魔物は?」
「いま追い詰めたところだ」
村長が輪の中心を示す。人びとの間からのぞく小柄な影を見て、おれは息をのんだ。想像より人間に近い姿をしている。
「ゴブリンだよ」
村長の言葉がおれの認識を正した。
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