神父とゴブリン

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 ゴブリンを間近で見るのは、これが初めてだった。  猫背気味の体は背丈こそ低いものの、筋肉質でがっしりしている。灰色の頭部はごわごわした頭髪とヒゲに覆われ、口もとが獣のように突き出ていた。せわしなく動く黄色い目と、牙の隙間から発する威嚇音。その顔に浮かぶ表情は敵意……というより困惑のように見える。 「迷い込んだだけみたいだ。なんとか追い払えないかな?」  おれは思わず声を上げた。だが、返ってきたのは反対の声だった。 「逃がしちゃダメだ!」 「村の場所を知られたんだぞ、仲間を連れて戻ってきたらどうする!」  村人たちは興奮している。知られるも何も、隠してないだろう……。そう意見する前に、誰かが石を投げた。鈍い音がして、ゴブリンが悲鳴を上げる。ぎょっとした別の男が、持っていた(くわ)を振り上げた。 「待て、やめろ!」  制止は間に合わなかった。鍬が振り下ろされると同時に周りの人間が動き出し、おれは後方に押しのけられた。怒声と悲鳴。興奮は混乱に変わり、人びとが輪の中になだれ込んでいった。  その夜、村では魔物の再来を警戒して寝ずの番をすることになった。おれは当番を免除されたが、別の面倒を押し付けられていた。 「外に出しておくと、他の魔物を呼ぶかもしれない。今晩は教会に置かせて欲しい」  そう言って、村人たちがゴブリンの死体を教会に運び込んだのだ。  村人たちの怖れは罪悪感の裏返しだ。パニックが収まって、自分たちの行いが恐ろしくなったのだろう。まあ勝手なことである。 「善なるものの守り手よ……か」  祭壇の脇に放置されたぼろ布の塊を見下ろし、ため息をつく。それならそれで、こっちも好きにさせてもらおう。おれは目を閉じ『聖なる四文字の言葉』を唱えた。 「…………ギッ」  戸がきしむような声とともに、ぼろ布の下のものが動いた。布にひっかかっているのか、しきりにもがく。 「ギャッ、ガッ」 「おい、落ち着け、って」  まくれた布の隙間ごしに視線が合う。おれの姿を認めたゴブリンはますますもがいた。生き返ったばかりなので動きは鈍いが、このままでは村人に気づかれる。焦って身を乗り出したとたん、大きな手で頭をわしづかみにされた。 「!」  長い爪が頭と顎に食い込み、こめかみを強い力で締め付けられる。つぶされる! おれは最悪の事態を想像して目をつぶった。ゴブリンは小柄で知能も低いが、人間の男などとは比べ物にならない腕力を持っている。だが次の衝撃はなかなか来なかった。かといって、放してくれるわけでもない。ひどく冷たい手の平に、顔の熱が奪われていく。  おれは思い切って目を開いた。顔を覆う太い指のすき間から、黄色の目が俺を見つめていた。  怖がるな。顎が動かないので、目で訴える。大丈夫、お前はいつでもおれを殺せるんだぞ。  その念が通じたのかどうか、指の力は徐々に弱まっていった。
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