神父とゴブリン

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 おれは教会の裏手に回った。ドルフが手斧を操り、薪の山を築いている。 「ドルフ、ちょっとまずいことになった。あのな……」  寄ってきたドルフに、おれは全てを話した。南で人間どうしの戦いが始まったこと。その影響で、村に大勢の人がやってくるかもしれないこと。そのときは教会で彼らを受け入れなければならないこと。 「そこでだ。お前にはしばらく村を離れて欲しい」  ドルフは鼻にしわを寄せた。 「シナイ。テツダウ」 「いや、無理だろ。人が増えれば正体がばれる。そしたらどうなるか、わかるよな?」 「……ダイジョブ。カミサマいる」 「神様? それは、蘇生のことを言っているのか? あまりいい考えじゃないぞ」 「チガウ!」  ドルフはぐっと顔を上げた。フードが脱げ、異形の頭があらわになる。黄色の目がおれを真っ直ぐに見た。 「カミサマいる。タダシイをまもる」  ――神様が、正しいものを守ってくださる。  そう言っているのだと気づき、おれは衝撃を受けた。 「……お前、神を信じてるのか」  ふと、おれの説教を熱心に聞いていた姿が思い浮かぶ。教会を離れないのは、恩返しのつもりだと思っていた。あるいは、蘇生の奇跡に魅せられているのだと。本当にドルフの……魔物(ゴブリン)の心に信仰心が芽吹いたというのだろうか。よりによって、おれのもとで。 「でもな、おれは神を信じてない。ずっと昔からだ」  気づけば、誰にも言わなかった秘密を告白していた。  蘇生の法を施すとき、いつも疑っていた。何のためにこれをするのか。サモンのような例は少ない。大多数の旅人は死の恐怖に麻痺してがついた。都合が悪くなれば死ぬし、酷いやつは他人の命すら軽視するようになる。これが本当に、神の恵みと言えるのか。  だからおれは試したのだ。『我ら人の子の親』の力が、魔物に対してどのように働くのか。結果はご覧のとおり。 「それでわかった。蘇生の法は、ただの現象……いや、一種の決まりごと(プログラム)なんだ。おれのような不信心者でも行えるのは、それが理由だ。神の奇跡も、善とか悪とかいう区分も、教会――人間のでっちあげだよ。だからお前が気にかける必要はない」  ドルフはまだ何か言おうとしたが、おれはその場を立ち去った。  その日から、ドルフの姿を見ることはなくなった。
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