あるバイセクシュアルの女の述懐

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 身体の関係が全てではない。好きになり恋慕(こいした)い、記憶に残る女性が何人も思い浮かぶだけで充分幸せじゃないか、と自分に言い聞かせる。  それでも私は満たされぬ女性への憧憬(しょうけい)と、同じ女性なのにどこか分かり合えない一抹(いちまつ)の孤独を抱き締める。周囲に話す必要はないから隠す。ひとに話したくない秘密は増えていくばかりだ。  いつか私は悔いるかもしれない。いや、今も既に悔いている。女性に対して心を閉ざしてきたことを。想いを伝えることができなかったことを。  仕方なかったのだ。主に女性に恋したのは中学の頃で、自信も経験も全く足りていなかった。私はバイセクシュアルかもしれないと、考えるだけで精一杯だったのだ。  ただ自分自身に、そう言い聞かせる。  恋とは素晴らしいものだ。男性にせよ女性にせよ、ひとの内面に深く入っていく旅こそ人生の醍醐味だ。人生を垣間見て一瞬でも心に触れられたこと、それこそが生きる喜びだ。  知り合えた偶然と記憶が連なって人生となる。その(きら)めくような思い出があるから、日常の繰り返しに()んでも暮らしを続けていける。  そうやって精一杯自分を肯定して、大嫌いな洗濯ものをたたみ、子どもが通う学校のプリントを整理し、その他諸々(もろもろ)大嫌いな家のこと、日常の繰り返しを私は営む。              了
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