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笑顔の下/テーマ:歌う
鼻歌を口ずさみながら、私は綺麗な花束を手に歩く。
向かう先は、高校からの初恋相手の家。
お互い社会人になって同窓会で久しぶりに顔を合わせて話に花を咲かせていたら、ふと左手のキラリと光るものに気づき尋ねた。
彼は薬指で光を放つ指輪にそっと触れ「五年前に結婚したんだ」と話してくれる。
幸せそうな笑顔が私の胸を締め付け苦しめる。
貴方を思い続けて結婚もせず、今日が思いを伝えるチャンスだと気合を入れていた。
そんな事なんて知らない彼は、楽しそうに奥さんや娘のことを話すから、私は微笑みを浮かべ頷くしかできない。
それから数ヶ月後の現在。
あの時、彼から聞いたお家を訪ねるために向かっている。
インターホンを鳴らせば、ガチャっという音と共に扉が開き彼が出迎えてくれた。
「今日はわざわざ有り難う。上がって」
彼に招き入れられ足を運んだのは、仏壇の前。
私は購入してきた花束を彼に手渡す。
同窓会の時に会話で出てきた奥さんは、二人目の子供を身篭っていたけど、つい最近事故でお腹の子と共に帰らぬ人となっていた。
彼が花を仏壇に飾り終えたあと、私はその前で手を合わせる。
会ったことも無い人だけど、彼が愛した人なんだから、私も仏壇に置かれた写真の奥さんを愛そう。
「パパ、だーれ」
「この人は、パパのお友達だよ」
一人娘はまだ2歳と小さく、トテトテと歩く姿が可愛らしい。
彼と似てるのは鼻だろうか、写真で見た感じだとお母さん似だろう。
「初めまして」
ニコリと微笑み挨拶をすれば、純真無垢な子供はパアッと明るく笑う。
可愛らしい天使のような子と遊んでいたら日が暮れたので、キッチンを借りて料理を作り、三人で夕食を済ませたあと私は家へと帰った。
その日を境に、私は彼の家を度々訪れては小さな天使と遊び、そんな日々が続いて一年後「娘の母親になってほしい」というプロポーズをされ、私達は家族となった。
家事をしながら鼻歌を歌っていると「お母さんっていつも鼻歌うたってるね」なんて、小学生になった天使に言われたからこう答えたの。
「嬉しい時に歌っちゃうのよ」
あの日、私がこの家を訪ねる前から私は嬉しかった。
チャンスはまだあったんだって思ったから。
いつもの笑顔の下に隠した悪魔のような笑みには誰も気づかない。
やっぱり、子供から懐かせるのは正解だった。
《完》
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