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スピカ
僕に好きな人はいない。
もう何年も僕を好きになってくれる人はいない。
精神障がい者を負い、自分のことすらままない僕を好きになってくれる人は居ないのだ。
もう何年もこの病と共に生きている。いや、生かされている。
一体、僕は何のために生きて何を遺すのか。
来る日も来る日も僕はその事を考えていた。
僕のために生きてくれた人と僕のために手助けをしてくれた人に恩返しをするために、、
ほんの一ヶ月前まで僕は精神病棟に入院していた。もうすぐ退院して一ヶ月が過ぎようとしていた。ハルの胸のなかには精神病棟でのつらい日々が消したい記憶のように心に影を落としていた。苦労をかけた両親とそしてこれからも苦労や心配をかけるであろう自分は一体何のために生きているのか分からなかった。そう岡部かおりに出会うまでは、、
「冷水くん! 冷水くん! 聞いてる?」
「あ、うん」
「冷水くんって何かつかみどころのない人だよね?」
「そうかな?」
「うん、絶対そう!」
「冷水くんってお仕事何してるの?」
「何もしてないよ」
「何も?」
「うん。退院したばかりなんだ」
「どこか具合でも悪いの?」
「うん、、」
「何の病気?」
ハルは言葉を濁しながら答えた。
「心かな、、」
かおりは少し考えるような素振りをしてまた笑顔のままで話し始めた。
「でもね。心の病を患うってことはきっとハルくんは優しいんだね」
「自分じゃ優しいかどうかなんて分からないよ」
「いや、ハルくんはきっと優しいよ」
「きっと、、」
ハルは照れたが素直に嬉しかった。
「かおりさんは何のお仕事してるの?」
「本屋さんのバイトだよ」
「ふ~ん。僕も本好きだよ」
ハルはこの日、地域コミュニティが主宰する合コンに参加していた。
ハルの街から少し離れた政令指定都市の駅のコンコース内にあるイタリアンレストランが待ち合わせ場所だった。
友達や恋人を作るのが目的の合コンだったが正直ハルは尻込みしていた。
ただ参加したのは退院してからの日々、一人家にこもるのは良くないと思ったからだった。
ただハルの予想通り仕事もしてないハルに話しかける人は誰一人いなかった。
岡部かおり以外には、、
「ねぇ、ハルくんLINE交換しよ?」
一瞬ハルの表情が曇った。
「いいけど僕なんかでいいの?」
「どうして?」
「だって障がいもあるし、お仕事もしてないのに、、」
「ハルくん、、お友達になるのに仕事してなきゃいけない。なんて法律ないよ」
かおりはしばらくの間ハルを見つめていた。
ハルもかおりを見つめたがやがて目をそらした。
「いいよ。僕で良ければ、、」
二人はQRコードを出して連絡先を交換した。
友達が一人もいないハルにとってそれはその日一番嬉しい出来事だった。
「ハルくんこの後どうするの?」
「帰るよ。終電で家に帰る」
「そっか。それじゃ私も帰ろっと」
二人は合コン会場を抜け出して駅のコンコースへと歩き始めた。夜、9時の駅の構内は人で溢れかえっていてまっすぐ歩くことも困難な程だった。
「それじゃ、ここで、、」
「またね。ハルくん。連絡するね」
そう言うとかおりは改札を抜けてやがて人混みの中に消えていった。
その日、ハルがニュースを見ていると新型感染症の流行、そして戦争や地震などの暗いニュースをテレビは伝えていた。
「本当に大変な時代になったねえ、、」
夕食の準備をしながら母が暗い表情を覗かせた。
「こんな時代に元気でいることだけでも有り難いと思わなきゃいけないね」
母はハルに言うとも誰に言うともなく独り言のように呟いた。
「母さん、ごめんね、、僕がこんなんで、、」
「なんば言うねー 母さんはハルが元気で居てくれるだけでよかよ」
母の陽子は優しい微笑みを見せながらまた台所に戻っていった。
ハルは初めて自分に出来た彼女の電話番号をもう何年も経つのに自分の携帯電話に入れたままにしている母を不憫に思った。
「ハル。焦らんでよかよ」
「ハルのしたいように生きたらよかよ」
「母さんはそれ以上何も望まんよ」
料理を作る母の横顔は穏やかで優しく聖母マリアのようだった。
「ハル。いつかハルが好きな人を母さんに会わせてね。それだけが母さんの望みよ」
ハルは何も言わずただ母の優しさだけが身に染みていた。
それから二週間かおりから連絡はなかった。
ハルはたまたま出会ったかおりのことを毎日考えてはスマホをみていたがスマホがメールを着信することはなかった。
ため息と共にやっぱりという感情がハルを襲っていた。
その日ハルは自宅から車で20分ほどの距離にある障がい者支援センターに向かっていた。見慣れたはずの景色だったが三ヶ月間も病院に入院していたハルには知らない土地のように感じられていた。
就労支援で働くための相談のために支援センターに向かった。
もうすぐ春を迎える2月中旬はハルに少しだけ灯る希望のようなものを与えていた。
ただ「障がい」という響きがハルの心に大きな影を落としていた。
心の病を患う自分は果たして「障がい者」なのかという疑問がハルの心の中にはあった。実際、ネットで就労支援での仕事を探すと驚くほど数が少なく、またその種類も限られていた。日本の福祉は先進国の中でも遅れていると思わずにはいられなかった。
帰り道、書店で好きな本を買って帰ろうと思いながら重い気持ちとため息まじりの自分をなんとかごまかしていた。
自分はこの世に必要ないのではないかという漠然とした不安がハルの心から消えることはなかった。
ハルが帰り道にある書店に寄って以前から読みたかった本を探していると不意に後ろから声がした。
「ハルくん!」
ハルが振りかえるとそこにはかおりが立っていた。
「偶然だね! どこかの帰り?」
「うん。まぁ」
「私、今お仕事終わった所、ここの本屋さんで働いているんだ」
「何の本買うの?」
ハルは自分が好きな作家の本のタイトルを口にした。
「ちょっと待ってて」
そう言うとかおりは私服姿のままでハルが探していた本を持ってきてくれた。
「はい。これ。この本私も読んだけど面白いよ」
「よくある書店員が選ぶ。ってやつ。おすすめだから読んだら感想聞かせてね」
そう言うとかおりは何事もなかったかのようにハルに手を振った。
「それじゃ、私。この後、用事あるからまたね!」
ハルは手に本を抱えたまま呆然とかおりの後ろ姿を見送っていた。
数日後、かおりからハルに連絡があった。
久しぶりの着信で震える携帯をハルは深呼吸して取った。
「ねぇねぇ、ハルくん。今度どっか行かない?」
そこには弾んだかおりの声があった。
「いいけど僕、人が多い所苦手だよ」
「ハルくん。プラネタリウム。行こ!」
「人多いところ苦手なのに、、」
「大丈夫、平日行けば少ないし一緒に行こう!」
「うん、、」
「冷水ハルは岡部かおりとプラネタリウムを観に行くべきだよ!」
かおりは自慢げにそう言うと少しトーンを落とした声でこう言った。
「君は私のスピカなんだ」
翌週の平日、二人はプラネタリウムにやってきた。ハルの街から少し離れた場所にそのプラネタリウムはあった。チケットを買い二人ならんで座席についた。プラネタリウムが始まる前にかおりは話し始めた。
「ねぇ、ハルくん、乙女座でしょ?」
「うん。そうだよ」
「乙女座だとスピカがあるね」
「スピカ?」
「そう、乙女座の一等星だよ」
「春になると南の星空に輝くんだ」
「大昔、ギリシア神話の金の時代には人々は争いもなく自由に暮らしてたんだ。それが銀の時代になると人々に争いや戦争がおこるようになったんだって」
「ふ~ん。そうだったんだね」
「ハルは私にとって一等星」
「だからハルはスピカなんだ」
かおりがそう言うとやがて照明が落とされてプラネタリウムが始まった。
スクリーンに写し出される幻想的な雰囲気とかおりといることのドキドキが星たちを綺麗に見せていた。次々と移り変わる星たちの映像にほんのひとときだけハルはいろんなものを忘れられていた。
「綺麗だったね」
かおりは満足そうな笑顔を覗かせていた。
「うん。綺麗だった」
ハルは自分の胸の鼓動を感じていた。
プラネタリウムをかおりと観ることを何か特別なことのように感じられていた。
帰り道、ショッピングモールを歩きながらかおりはハルの横顔を見ていた。
ハルはかおりの視線を感じながら最寄り駅に向かって歩いていた。歩く速度を落としてなるべくかおりの歩幅に合わせた。
「かおりちゃん、お勧めしてくれた本読んだよ」
「どうだった?」
「感動したよ」
「僕は僕のままでいいんだ。って思わせてくれた」
「そうでしょ。あの本感動するよねー」
「ね! 書店員が選ぶ。に間違いはなかったでしょ?」
「うん」
ハルは小さく頷くとかおりの方を見た。
かおりは終始穏やかな表情を浮かべていた。
「時々思うんだ。僕なんが生きている意味あるのかなぁ、なんて、、」
ハルはいつも自分が思っていることをかおりに告げた。
「ハルくん、そんなこと言っちゃだめだよ」
「世の中には生きたくても生きれない人もいる。」
「それに私はハルくんがいてくれるだけで心強いよ」
かおりはハルを諭すように優しい口調でハルを見て言った。
それから、夜空を見上げ星空を見ると優しい微笑みを浮かべてハルを見た。
「ねぇ、ハルくん。良かったらこの後家に来ない?」
突然、飛んできた言葉にハルは驚いた。
「家?」
「うん。大丈夫。一人暮らしだから家には誰も居ないから」
「いいの?」
「うん。家で映画のDVD見よ」
「いいよ」
ハルが笑うとかおりは満面の笑顔を見せた。
辺りはすっかり暗くなり、かおりの家につく頃には真っ暗になっていた。
住宅街を抜けて公園を曲がるとこじんまりとしたマンションが見えてきた。
どことなくいつもの元気なかおりではないような空気を感じていた。
「私。昨年、母を亡くしたんだ」
「ガンであっという間だった、、」
「え?」
ハルは頭を殴られたような衝撃を受けた。
普段の元気なかおりからは想像も出来ないことだった。
「父さんは私が小さい頃に離婚して家を出ていったっきり、、」
かおりは一言一言魂を絞り出すようにハルに告げた。
「そうだったんだ、、」
それからハルは言葉にならなかった。
世界中の不幸を一人で背負っていたような気持ちだったハルはその何十倍、何百倍も大きなものを背負うかおりを想った。
マンションのエレベーターに乗って3階の角部屋がかおりの部屋だった。
「入って」
かおりは手際よく部屋の電気を付けて綺麗に整頓された机の上に部屋の鍵を置いた。
「何か飲む?」
「ありがとう。何でもいいよ」
ハルが部屋を見渡すとかおりの母さんの遺影が写真立てに飾られていた。
かおりはコーヒーを二つ作ってその一つをハルの前に置いた。
そして、遺影の写真に向かって話しかけた。「母さん。ハルくんだよ。私のお友達、これからもずっとずっと、、お友達だよ」
そう言うかおりの瞳には涙がいっぱいたまっていた。ハルも遺影に向かって手を合わせて目を閉じた。その時間は二人にとってとても長い長い時間に感じられていた。
その日からハルとかおりは頻繁に会うようになっていた。かおりはハルが仕事が出来ないことを責めることもなかったし、ハルもかおりの中にある失ったものに触れることもなかった。
出会ったころと同じようにハルの隣にはかおりがいてかおりの隣にはハルがいるのだった。
ハルはかおりの勤める書店に行って気になる新刊に目を通したり、かおりもかおりでLINEでハルに連絡していたりしていた。
そうやって気づけば季節は冬から春になっていてあちらこちらで桜の花が咲き誇っていた。
「ねぇハルくん?」
「何?」
ハルとかおりは公園の近くの桜並木を見ながら歩いていた。
「来年もまたこの桜並木二人で見れるといいね、、」
「来年? 見れるよ。来年も再来年もその先もずっと、、」
「うん。そうだといいんだけど、、」
「どこか悪いの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね、、」
「こうやって誰かと一緒に居れることは幸せだなぁって、、」
「どうしたの? 何かあった?」
「いや、何でもないよ」
そう言うかおりの横顔はどこか憂いに満ちていて桜のように何か儚いもののようにハルには感じられていた。
「僕ね。一度死んでるんだ。入院したときの前の記憶が曖昧で今の僕は大げさに言うと新しく生まれ変わった自分なんだ」
「だから、これから一日一日を今まで以上に大切に生きなきゃって思うんだ、、」
「ハルくんはハルくんのままでいいよ」
かおりは優しい微笑みを浮かべていた。
「いつまでも優しくて思いやりのあるハルくんでいて欲しいと思うよ」
二人の間を春の優しい風が包み込んでいた。
「ねぇ、今度ハルくん家に行ってもいい?」
「いいよ。いつでもおいでよ。きっと母ちゃんも喜ぶと思うよ」
かおりは満面の笑顔を見せてそれから優しい微笑みを見せた。
翌週ハルはかおりを迎えに行った。
街中には桜が咲き誇り長い長い冬が終わり色鮮やかな春がきたことを告げていた。
公園を通ると一枚また一枚とひらひらと桜の花びらが散っていた。
「いきなり行って大丈夫かな?」
かおりは心配そうな表情を覗かせた。
「大丈夫だよ。家の母ちゃん優しいし、僕に友達や彼女が出来るのをずっと楽しみにしてたから、、」
ハルはあえて「彼女」の部分を小さな声で言った。ハルにとってかおりはもう友達でも恋人でもなく大切な人だった。
「母ちゃん~かおりちゃんきたよー」
「は~い! かおりちゃんいらっしゃいー」
母は満面の笑顔でかおりを迎え入れた。
「かおりちゃん? まあ、綺麗な人ね。さぁ、上がって! 上がって!」
「はじめまして。岡部かおりです」
母は終始、上機嫌で満ち足りた表情をしていた。「かおりちゃん、ハルとお友達になってくれてありがとう」
「こちらこそハルくんにお世話になっています」
母は嬉しそうに手料理を振る舞いかおりと母はいつの間にか意気投合していた。
「私にもかおりちゃんみたいな娘がいたら良かったとにねー」
「お母さん。私のこと娘だと思って接してくださいね。私もその方が嬉しいです」
母が作ってくれたポテトサラダを頬張りながらハルはこの時間がずっと続けばいいな、そう思っていた。
「母ちゃん、はりきりすぎだよ~」
「なんばいいよるね。かおりちゃん。ハルのことよろしくね、、」
嬉しそうに話す母を見てハルは本当に嬉しかった。それはハルの母にとってもかおりにとってもそうだった。
「それじゃ、母ちゃん。かおりちゃん送ってくるね」
「かおりちゃん、またおいでね」
母は満面の笑顔で二人を見送った。
外に出ると辺りは真っ暗になっていた。
「優しいお母さんだね」
「うん」
「私もお母さんのこと思い出しちゃった」
そう言ってかおりは目頭を押さえていた。
「ハルくん見て!」
「夜桜、、綺麗だね」
かおりのマンションの近くの公園では桜が満開で真っ暗な中に街灯の光に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「また、いつでもおいでよ」
「いつでも、、」
「うん、ありがとう。 それじゃここで、、」
「また、、」
ハルはかおりを見送るといつまでもいつまでも手を振っていた。
ハルは春の柔らかな光で目を覚ました。ゆらゆらと泳ぐカーテンの隙間から優しい木漏れ日が部屋に射していた。
長い間、心の病を患うハルは何年も部屋の窓を閉めきっていた。かおりと会うようになってハルはやっと外の世界と繋がりをもつ勇気を持てるようになった。窓から優しい風が吹いてきてハルの横顔を撫でていた。
ハルは来月から就労支援で働くことになっていた。ハルが病院を退院してすでに三ヶ月が過ぎようとしていた。
こんな自分でも世の中のためになれる。その事がハルは本当に嬉しかったし人一倍の思いがあった。
不意に携帯にメールの着信があった。
送り主はかおりだった。
「ハルくん、お仕事決まっておめでとう」
「ハルくん本当に良かったね 頑張ってね! ファイト!」
ハルはかおりのメールに返信した。
「ありがとう。出来るかどうかわからないけど頑張ってみるね」
「かおりのお陰だよ。かおりちゃんが僕に『生きる』勇気を与えてくれた」
ハルはメールの送信ボタンを押して静かに目を閉じた。それはようやく長い長いトンネルの出口から一筋の光が射しているようだった。
ハルが嬉しさをかみしめていると再度、携帯にメールの着信があった。
「ハルくん、私風邪引いちゃった、、熱があるみたい」
「熱? 何度あるの?」
「38.5分」
「もしかしてコロナにかかったの?」
「いや、違うよ。ただの風邪みたい」
「そっか、良かった。今から行こうか?」
「いいよ。うつるといけないから」
「大丈夫? ちょっと待ってて」
そう言って電話を切るとハルは急いで家を出て薬局に行って風邪薬を買い、スーパーに行って食材を買ってきた。
ひとしきり必要なものを買いそろえるとかおりの部屋へと向かった。
呼び鈴を鳴らすとマスクをして、きつそうなかおりが出てきた。
「ハルくんごめんね。私のために、、」
「いいよ。全然大丈夫!」
「これ、風邪薬だから飲んで! それと冷えピタもしてて」
「何も食べてないよね? 何か作るね」
ハルはスーパーで買ってきた食材でお粥と卵焼きを作ってベッドの横のテーブルに置いた。
「少しでもいいから。 食べてね」
「ハルくんごめんね。 ありがとう」
かおりはベッドの上で上半身だけ起き上がってお粥と卵焼きを食べ始めた。
「ハルくん、、ハルくんは優しくて強いね」
「そんなことないよ」
「何年も心の病を背負っていきているのに人にこんなに優しくできるなんて、、」
「かおりだからだよ、、かおりだから優しく出来るんだ」
「そんなことないよ。ハルくんはみんなに優しいよ。私が今まで見てきて一番よく知ってるよ」
「お粥冷めちゃうから食べてね」
しばらくの沈黙が二人を包み込んだ。
ハルはかおりのベッドのすぐそばに座ってかおりを見つめていた。
「ありがとう。美味しかったよ」
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
二人は目を見合わせて笑った。
いくぶんかかおりの顔色が良くなったようにハルには感じられていた。
「ハルくん、、」
「何?」
「これからもずっとずっと私の側に居てね」
「うん。ずっとかおりの側にいるよ」
かおりは満足そうに笑うとハルの髪を優しく撫でた。そして、自分の方へ引き寄せて頬に優しくキスをした。しばらくの静寂が二人を包み込んだ。それから長い長い沈黙があった。
「ハルくん。私ね。あと何年生きられるかわからないんだ、、」
「病気なの」
「私の母さんと同じ病気」
「え?」
ハルは言葉にならなかった。
「すぐに死んだりはしないけどあと何年生きられるかわからないんだ」
「もしかしたら明日死ぬかもしれないし、一年後かもしれないし、ずっと生きるかもしれない」
「だからね。もし、私が先にこの世からいなくなっても私のこと忘れないでね」
「かおりは死なないよ。絶対僕が死なせない」
「絶対に、、」
「私ね。ずっと思ってたんだ、、」
「自分は何のために生きているんだろう。って」
「でも、最近ようやく分かったような気がするんだ」
「こうやってハルやハルのお母さんに出会って自分にも家族ができたような気がしたんだ」
「夜空の星たちが決して交わることがないように私とハルも決して交わることはないよ」
「もし私が居なくなってもハルにはまた素敵な誰かと一緒に生きて行ってもらいたいんだ」
「約束だよ」
「そんなこと約束出来ないよ。かおりじゃなきゃいやだ」
ハルの頬を一筋の涙が伝っていた。
「ハルくん、、ありがとう」
かおりはそれだけ告げるとまた静かに目を閉じた。それから、おもむろにハルを見つめると「君は私のスピカだよ」そう言って笑うと小さく微笑んだ。
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