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患者のプライバシーを考慮するため、本社ビルとは離れた場所にあるこの小さな雑居ビルの一室、ここは産業医専用のオフィスなので何の看板も出ておらず、傍目にはただの小さな事務所の扉にしか見えない。
予約時間ピッタリに現地に到着した赤間部長は、数回ノックしてからインターフォンのない扉をゆっくりと開けた、鍵はかかっていなかった。
「失礼いたします」
一歩室内に入り、赤間部長は奥に向かって声をかけた。
明かりのついた室内はワンフロアだ、そこまで広くもない、対話をすることだけが目的の空間。
室内に入ってすぐに衝立がある。
その衝立のせいで奥側が目隠しされた状況であるが、おそらくこの衝立の向こうにデスクがあって、医師が鎮座しているのだろう。
キィっとキャスター付のイスが少し動くような音と、人の気配がする。
だから赤間部長は衝立の向こう側…室内の奥へと足を進めた。
するとそこにはイスに座った人物がいる。
犬彦の想像通り、衝立の向こうにデスクがあり医師がイスに腰掛け、その向かいに患者が座るであろう…つまり赤間部長の座るべきイスがあった。
よくある診察室の光景だ。
だがしかし、赤間部長にとって想定外中の想定外の光景がそこには広がっていたのだ。
「はーい、こんにちは~! 産業医でーす、よろしくぅー」
「………、仁見先生…」
めちゃくちゃ見知っている人物がそこには、いた。
いい歳をしてヘラヘラとした笑顔と、ゆるくフレンドリーなテンション。
もたれかかるようにしてキャスター付きのドクター用イスに座っている仁見先生がいつもと違うのは、謎のアニメTシャツの上から白衣をはおっている定番の実家ファッション着ではなく、スーツ姿であるところぐらいかもしれない。
それはともかく、ただでさえ憂鬱な気分でいたのに、仁見先生の笑顔を見たとたん、なんだか犬彦は頭痛がしてきた気がした…。
「はい、犬くん、今日はどうしましたか?」
「どうして…仁見先生がここに…」
「まーどうしたもこうしたも、犬彦くんの前回の健診結果の控えはもう確認済みなんだけどねー、まだ若いし犬彦くんめっちゃ健康じゃーん、よかったねー、バリバリのヘビースモーカーのくせに肺のレントゲンも問題なさそうだし?」
「…いや、だから…そうではなく、仁見先生は眼科専門医ですよね、ご自分のクリニックはどうされたのですか」
「えー? 今日うちのクリニック休診日だしー、開業医でも他所でバイトするってあるあるだよ? バイトって儲かるしー、いつもと雰囲気ちがって楽しいしー」
「バイト…以前からうちの会社の産業医をバイトでやっていたのですか…」
「うん、鈴木くんに月2でやってもらえないかって言われてさー、確かに私は眼科専門医だけど、産業医のための講習も必要時間分受けたからね、ばっちりばっちり、ささ、犬くんの医療面談してあげるよー、医療的悩みを打ち明けてごらん、君のかかりつけ医である私が癒してあげますよ」
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