はじまり(犬彦の場合)

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 心身ともにこれまでは頑丈で、産業医の面談などまったく縁遠かったせいで知らなかった…。  まさか栄治が、自社の産業医を…知り合いの仁見先生に委託していただなんて…クソ、こいつ眼科の医者なのに…いい加減すぎるだろ。  仁見先生が担当だと知っていたのなら、絶対にここには来なかったのに…!  眉間にシワをよせて黙り込む犬彦を前にしても、そんな犬彦の態度に昔から慣れている仁見先生はまったく動じなかった、というか気にしてあげなかった。  さくさくと仁見先生は自分の仕事を進めていく。  「んー、で、犬彦くん、事前の問診票を確認するとだね、最近の睡眠の質に不安があるの? でも君、性格的にさぁ、何らかのストレスを感じて睡眠の状況に影響が出るタイプじゃないでしょう元々。  どうせそのとき徹夜で深酒でもしてただけじゃないのー?  メンタルで眠れなくなっちゃうとかさー、そういう性格じゃないでしょ」  「ああ、そうですね、おっしゃる通りです。  全部俺の気のせいでした、もう解決です、ありがとうございました」  いろいろなことが面倒くさくなり、同時に腹が立ってきた犬彦は(腹を立てている相手は、適当に自分のところの産業医を知り合いの仁見先生にやらせている栄治…なおかつそのことを自分に伝えていなかったことを含めて…だったり、目の前でにやにやしながら、ストレスで眠れなくなるような繊細な神経の持ち主じゃないでしょプギャーしている仁見先生だったりもしたが、何よりも自分自身に腹が立っていた。ああ…自分は日和すぎていた、ちょっと変な夢を見て体調が悪い時があったからと言って、うじうじと他人に相談などするべきではなかったのだ)さっさとこの不毛な医療面談を終わらせることにした。  もう産業医との面談なんかいらない、早く本社に戻って事務処理の続きをしよう…。  「あのね犬彦くん、マジな話、君は健康健康、大丈夫だよ。  医者ってのはね、君が部屋に入ってきた瞬間から、雰囲気だったり手足の動かし方、顔の表情、全体を診てすでに診察を開始してるんだからね、しかも私は君の昔からのかかりつけ医だよ? 眼科外の疾患であっても何らかの初期症状の違和感はそれなりに分かるよ。  君はいつも通り、問題ない、そのふてくされ感とかもいつも通り、大丈夫だから胸を張って仕事を続けなさい」  「…はい」  そうだった、仁見先生はこういう人なのだった。  いつもはヘラヘラとしてだらしない態度でイラッとする人物なのだが、やはり医師としての威厳はある、君は大丈夫だとはっきり断言されるとそうなのかとストンと腑に落ちるように納得できて、心から安心できるのだった。    そんなわけで赤間部長は、これを機に、もはや自分の一時の体調不良を気にしないことにした。  本当の意味で解決である、終わりだ、自分がそうと決めたなら過ぎたことはもうどうでもいい。  赤間部長の決断&実行スピードは早い、仁見先生に感謝を述べると本社に戻るため退出をしようとした…そのときだった。  「でさ、面談の予定時間もまだたっぷりあることだし、犬くんと会うのも久しぶりだし? ちょっと話したいことがあるんだけどいいかなー?」  患者に対する医師としての態度ではなく、親しい相手へ語りかける口ぶりで仁見先生がそう言うものだから、席から立ち上がりかけた犬彦は、またあらためてイスに座り直した。  確かに面談の予定枠として仁見先生を拘束している時間はまだ残っているし、そのための時間を取らせたのは自分、先生には江蓮のことも含めて世話になっているし、ここで冷たくあしらうほど犬彦も恩知らずではない。  「ちょうどさ、そろそろ犬彦くんと会って話がしたいと思っていたところだったんだよ、最近。  実はね犬彦くん、久しぶりに君個人にね…仕事を依頼したいんだよ」  
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