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「なんやかんやで現在までにおいても、その土地一帯の名義はうちになってるままなんだよ。
戦前までは、だだっ広い原っぱみたいな土地で、一部を畑に貸し出したりするぐらいの遊ばせてる場所だったんだってさ。
基本的にその土地は、コミュニティみんなで共有する公共感の強いものだったみたいなんだけど、登記上は所有者の個人名が必要になって、そこで、医者をやってるうちの一族が諸々の理由から面倒を引き受けることになったんじゃないかってジイさんは言ってたなー」
ダラダラとした前置きの説明を続ける仁見先生。
だが仁見先生があえて話しているということは、問題を解決する道筋の中で犬彦が知っておくべき内容なのだろう。
「やがて月日は過ぎていき、日本は近代化を迎え、うちのご先祖様たちが長閑に暮らしていたその土地も変わっていった。
原っぱや畑ばかりだった場所にビルが建つようになり、先祖代々その土地に暮らしていた人々も自由に各々好きな場所へ移っていった、もちろんうちの一族もね。
君もご存知の通り、私もその土地とは全然関係ないところに自宅とクリニックがあるし、本家もちがう場所に今はあるしね。
そうして誰もがその土地から流出していったわけだけど、我々一族とその土地の縁は切れることなく続いていったわけさ、登記上の名義が云々というだけじゃなく、それこそ…いわくつきからの理由でね」
さっきまでのへらへらとしたゆるい雰囲気は消え、仁見先生は医師らしい威厳をまといながら真摯に犬彦へ語り掛けている。
犬彦もまた、ふてくされた様子は失せ、真面目に仁見先生の目を見ながら話を聞いている。
「ほとんどが口伝みたいになっていて、本質的な部分はもはや不明なんだけど、その土地のある区画には…聖域のような場所がある。
君のようなリアリストが鼻で笑うような話だけれど、まあ、墓のようなものだと思ってくれたらいい、そういった過去にコミュニティの皆で大切に守ってきていた特殊な場所があるんだよ、そこをね、うちのジイさんみたいな古い人間は気にしているわけ、道義としてね」
「宗教絡みということでしょうか」
「そう重たく捉えてくれなくていい、おとぎ話や思い出のようなものだ。
しかし、今はいない昔の人々の、そういう儚い気持ちのバトンタッチはつないであげたいと思う、ジジイと同じように私も個人的には同意する、個人で…許容できる範囲内では」
そう言うと仁見先生は微かに目を細めた、その目に一種の鋭さを読み取った犬彦は、ここから本題が始まるのだと察する。
「しかしね、美しい過去の思い出をそのままの形で残してあげたいと望んでも、現代日本の資本主義社会でそれを実現することは難しい、ただそこに存在し便宜上所有しているだけで、管理費やら固定資産税やら金はどんどんと湯水のように消え去っていく。
そこで今やその土地は、貸し出しちゃってるわけ」
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