25人が本棚に入れています
本棚に追加
はじまり(森田の場合)
「じゃあ、とりあえず生中で!」
あったかいおしぼりで手を拭きながら、森田は元気よく居酒屋の店員さんへ注文をしていく。
メニュー表を眺めながら、簡単なつまみも適当に頼んでいった。
冷やしトマト、漬け物盛り合わせ、からあげ…ほかにも注文しておきたいものあるかな? 森田はメニュー表を寄せながらとなりに座っている同僚の顔を見る。
彼は、森田に任せるというように首を振った。
それを見て森田は満足し、とりあえず生ビールが来るのを待つことにした。
あとは飲み進めながらゆっくりと追加注文をしていけばいい。
「あー、おなかすいたなぁ、喉も渇いたし早くビール飲みたいよ」
にこにこしながら森田は明るく、となりに座っている連れへと笑顔を向ける。
仕事終わり、同僚といっしょに居酒屋に立ち寄って、心地よい疲れと共にビールを一杯って最高に気持ちいいよなーと森田は思った。
特に今日は満足できるいい仕事ができたので、はじめから森田はごきげんな気分だったのだ。
一方、連れである同僚の彼は、あまり元気があるようには見えない。
まあ、今日仕事終わりに森田が彼と飲みに行くことになったのは、彼の悩みを聞くためという目的があったので当然といえば当然なのだが。
彼の名前は佐藤という。
出向という形で、現在も犬彦たちの会社に所属している森田とは厳密に言えば立場は異なるのだが、感覚だけで言えば森田と佐藤は同期のような間柄だった。
森田と佐藤が、赤間部長が率いる営業部に所属したのがほぼ同じ時期であったのと、受け持っている仕事の内容も似通っており、なにより同じ年齢であることが二人が親しくなる…同期のように感じられる間柄になるきっかけだったのだと思われる。
これまでにも仕事上の問題で協力しあったり、休憩時間にちょっとした雑談をすることはよくあった。
でもこうやってサシで飲みに来るのは初めてだったので森田はうれしかった、これをきっかけに彼とより親密になれたような気がして。
しかも誘ってきたのは佐藤の方からで、なおかつ相談に乗って欲しいことがあって…なんて言われたら、森田としては頼られていることがうれしくて俄然張り切った気持ちになるのは当たり前のことである。
すぐにやってきた生ビールのジョッキで乾杯を済ませると、それぞれ好きなつまみをつつきながら楽しく雑談をしたのち、だんだんと話の流れは真面目なトーンになっていき、ついに佐藤は今日の飲みの本題である自分の悩みについて語り始めた。
「実は…最近、仕事辞めようかって、考えてるんだよね…」
「ええっ! 仕事を辞める!?」
最初のコメントを投稿しよう!