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まさか仕事を辞めたいなんて深刻な相談をぶっこまれるとは思っていなかった森田は、びっくりして大きな声を出してしまう。
想像もしていなかったガチ重い悩みを聞いて森田は、生ビールのジョッキを持ったままオロオロしだす。
「ええっ、どうしてそんな…赤間部長の手腕を学ぶことができる環境で働けて、満足してるって前に言っていたじゃないか、君は営業成績だって良好にキープし続けていたし…仕事も楽しいって…。
それなのにどうして、別の職種にキャリアアップしたいとか? でも赤間部長のいる営業部の他にエキサイティングで成長できる職場ってそうそうあるのかな」
「いや、それはそうなんだけど…実は…」
動揺からまくし立てるようにしゃべり続ける森田の言葉の隙間で、佐藤はおずおずと自分の気持ちを話し始めた。
「こんなことを言って、頭がおかしくなったんじゃないかとか、バカなんじゃないかって思われるのが怖いんだけど…」
「そんなこと思ったりしないさ! どうしたっていうんだ」
はじめっから森田は、今の仕事を辞めようか悩んでいるという佐藤を引きとめるつもり満々だった。
同期的存在で親しくしている佐藤が会社からいなくなったら寂しいというのもあるし(もちろん佐藤以外にも森田には親しくさせてもらっている同僚たちがいるわけだが、永多たち先輩ポジの人たちとは違う関わりの持てる佐藤はまた特別なのだった)赤間部長の下で働くことができるというビジネス的幸運をみすみす逃すことは彼にとってもったいない損失だと信じていたからだ。
本人が気付いていなくても、損をしそうになっているのなら教えてあげて、不幸を回避させてあげるのが人間としての思いやりであると森田は確信している。
「笑わないで聞いて欲しいんだ…実は俺、霊感があるんだよ」
「えっ」
真剣な眼差しでそのように告白してきた佐藤の顔を、森田はぽかんとした間抜け面で見返してしまった。
ペラペラと一方的にしゃべりながら森田は、頭の中でいろんなシチュエーションについて次々と考えていた。
佐藤が仕事を辞めたいと悩む理由がポジティブなものであった場合(今とは違う職種でやりたいことができたからとか)と、ネガティブな内容であった場合(体調が悪いとか、仕事に興味が持てなくなったからとか)それぞれのシチュエーションで彼をどのように励まし、辞職を思いとどまらせるべきか脳内でシミュレーションを組み立てていたというのに、まさかの…退職理由が霊感があるから?? えっ???
「ほら、おかしいと思うだろ? だけど本当なんだ、信じてもらえなくても仕方ないけど…森田は霊感とかあったりする?」
「いや、幽霊とか見たことないし…でもおかしいなんて思ってないよ! 自分には分からなくても不思議なことってこの世にあると思うし…だけど霊感があることと、会社を辞めることとどんな関係があるって言うんだ?」
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