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いい客
夜菊は客から誘われても廓から出ることはなくて、全て断る。
風呂と髪結い、食事以外の時間を狐と戯れ自室で過ごした。
格子向こうの狭い隙間から覗くことができるその様子が、滅多に会えぬ不思議な美少年、と言う噂を真実へと変えて行く。
そのうち、夜菊にひどい仕打ちをすると狐に祟られると言う話まで飛び出した。
実際、狐は客に噛みつこうとしたことが何度もあった。
そのただの一寸前に、夜菊が一言「こら」と静かに言い放つと、静かになりそっと離れて行くものだから、もはや妖遣いと言われても仕方のない有様だった。
クスクスと夜菊は笑う。
楽しそうに、笑って抱かれる。
きちがいのように、乱れながら背に爪を立てる。
ある日、馴染みの上客が、いかにも高価なものだろうと一目みてわかる細工のほどこされた籠を持ってやってきた。
「あなたがあの狐を大切に想っていることは皆わかっていることだろう。店主や他の者のやっかみで盗まれたり殺されたりせぬように、閉じ込めておいた方がいい」
「ありがとう。僕たちのことを考えてくれるのはとっても嬉しいけれど、そんなものなくていいんだよ」
「あなたは、私の籠には入りたくはないだろうな」
「入りたくないね」
「そうか。そういうところが、やはりあなたはいいな」
いつもの定位置、文机の下の座布団の上から、狐がこちらを見ている。
狐相手に何を言っているのかと言われればそれまでなのだが、どうにもボクのことを想ってくれているように感じてしまう。
「変かな」
「変ではないよ」
「ありがとう。僕、優しいひとは好きだよ」
だから、今日は本物の笑顔を見せてあげられる。
この人は優しい人だから、特別なんだ。
こら、ヤキモチやかないの。
怒らないでいいからね。
この人、果物も肉もお前の玩具にネズミまで持って来てくれたんだよ。
お前の傷薬だって手当の道具だって、いつも持ってきてくれるでしょう。
いい人なんだから。
たまにはお返しをしなくちゃね。
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