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さみしい
「お姉さん、寒くないですか」
「気にしないで、中に入ってなよ。風邪ひいちゃうよ」
「でも、草履くらい、履いてください」
せっかくの白い脚が、なんて言われたので、やだなあ、と笑ってやる。
男に向かって何言ってるの。
嬉しくないよ、そんなの。
「お姉さん、元気を出してください。あたいがいます」
「僕は、元気だよ」
たぬきがいなくなった。
ううん、たぬきって名前の狐が、いなくなった。
僕は時々は客を断っても良いくらいには金が貯まっていたようで、気分次第で休みをもらった。
そうして庭が見える窓の側で、ぼんやりと過ごすことが多くなった。
今日はなんだか帰ってきそうな気がして、つい、たぬきを拾った庭でかがんでいた。
どのくらい、そうしていただろう。
草履を履いたら、夢が消えてしまう。
温度なら、たぬきのがあればいい。
どこに、行ってしまったの。
毎日薬を塗って、包帯をかえて、一緒にご飯を食べて、滋養もついて。
同じ部屋で寝て、起きて、いつしか傷が治って。
嬉しかったよ、元気になって。
だから何度か庭に散歩に出したりもした。
僕の歩く速度に合わせて、木の周りを駆けてみたり、草のにおいをかいだりしてた。
部屋にいても庭にいても僕の側にいた。
一度、自由になりたいんじゃないかと思って放っておいたことがあったけれど、それでも夜には僕の部屋に戻ってきた。
「僕ってば、ばーか」
やだな。
狐と心通じるとか、ないでしょ。
恥ずかし。
どんな性癖だよ僕は、さっむー。
でも、哀しいのは、ほんとう。
「…このまま、明日までお休みしますか、お姉さん」
「へいき。夜は出るって伝えてもらえる?じゃ、そろそろ着替えるね」
「はい、お手伝いします」
「いいよ。自分のお客を待たせちゃいけないよ」
「…はい」
いつの間に、こんなに時が流れていたのだろう。
見習いは見習いではなくなっていて、それなりの客がつくようになっていた。
…僕は、いつまでここにいるのかな。
「ま。せめてたぬが自由になれたなら、良かったよ」
部屋へ戻ろうと、縁側の方へ踵を返す。
着物の裾が泥だらけだ。
これは久しぶりに叱られるだろうか。
動物相手に失恋とは笑える話のネタができた。
次はこんな間抜けな噂が広まるのだろう。
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