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生きてる。
今までの醜態を見られてた。
勘違いさせてしまうほどに、色狂いに見えたのだろうか。
そんなに僕は、抱かれて、嬉しそうにしていると思われていたのか。
「あんなの、違うよ…」
たぬきにはそう見えた、それをただバカ正直に口にしただけなのはわかっているのに、頬に熱がたまって行く。
眼尻が痛い。
涙の塩気が、かじかんだ肌をいじめている。
たぬきは本当に、助けたお礼にボクを笑顔にしたいと思っただけなのだろう。
バカだな。バカ…本当にバカ。むかつく。
唇を震わせる僕を見て戸惑って、どうあやしたら良いものかと考えあぐねている。
もう一度、わかりやすく説明する。
たぬきには、きちんとわかって欲しいから。
「…あのね、抱かれて、笑ってたのは、嬉しかったからじゃないんだよ…」
あれが僕の仕事だからだよ、と。
たぬきは、やっぱりあの狐だったんだね。
なんだか笑ってしまう。
見た目が人間に変わっただけで、たぬきはたぬきだった。
変わって、ない。
「戻ってきてくれてありがと、それだけで嬉しいよ。…殺しに、来たんじゃなかったんだね」
笑いたい。
微笑んでいたい。
だって、たぬきはボクを笑わせたかったんでしょう。
それなのに、涙がこぼれてしまう。
どうして。とまらない。こんなの僕らしくない。でも。
「寂しかったよ…」
「…悪かった…ただいま、夜菊」
「ばか、もう…たぬ、なんで勝手に……」
僕、こんなところ本当は嫌いなんだ。
たぬきがいたから、笑っていられただけなんだよ。
ねえ、ずっとたぬきと一緒にいたいよ。
「もうどこにも行かぬから、なあ、聞いているか」
「…僕に、黙って、消えないで…っ」
「ああ、わかった。もう置いて行ったりしない」
ぎゅうっと強く抱きしめられる。
いつもは、僕がぎゅうっと、…そおっと、抱きしめる側だった。
壊れてしまいそうな、小さな動物の中身が大切で、力の込め方がわからなかった。
殺してしまうのが怖くて、潰してしまわないようにと気を付けて抱きしめていた。
もう、こんなに強く抱きしめてもいいんだね。
背中に爪をたてて強く強く縋り付くと、大きな手のひらが僕の後頭部に添えられ、首元に顔を押し付けてくる。
しゃくりあげながら、顔ごと顎の下に潜り込むと、汗のにおいがした。
あったかいな。
喉の血管が、ドクドクと脈打っている。
そこに触れている、僕の瞼から涙が次々とあふれ出る。
生きてる。
僕も、生きてたんだね。
こんなに、ちゃんと、生きてる。
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