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化けて出て
さっさと部屋に戻ろう。
お湯を用意して汚れを拭って、血で固まった毛を梳いてから傷を見てあげるね。
「良くなるまで、ここにいなよ」
店主の気に入りの為に、僕の部屋以外にも二階には他の人間の部屋が用意されていた。
そこには当然違う人間がいて、猫を飼っているやつもいたから気をつけないと喧嘩になるかもしれない。
なるべく僕の部屋から出ちゃダメだよ、と言い聞かせてみせる。
いや、狐がわかるか知らないけど。
狐だって猫だって狸だって化けるしね。
言葉くらいは、理解出来るかもね。
「ふふ。化け狐になったら、僕を殺しに来てよね」
自室へ連れ帰るとさっそく膝に乗せ、濡らした手ぬぐいでゆっくりと痛んだ身体を優しく拭ってやる。
少しずつ乾いてゆくのを眺め、そろそろいいかと艶の滲み始めた毛に指先を埋める。
ふわふわのゴワゴワをなんだか無性に愛しく感じて、自然と頬が緩んでしまう。
撫でながら、椿油で鞣し、ぽつりぽつりと独り言でもって話しかける。
心地いい。あったかい。優しい時間。
「ああ。眠いたいなぁ」
少し寝る、と見習いには言ってある。
狐に新しい半纏をやると、哀しいような気分を振り切って自分も布団の中にもぐり込む。
うつらうつらとしていると、たゆたう視界には狐の寝顔。
はやくない?もう寝たの。
もう僕に心を許しているの。
なんだ。
狐ってかわいいんだね。
「おやすみ」
三角の耳に頬擦りしてみたけれど、起きない。
このまま死んでしまわないといいのだけれど、と不安になる。
今、ちゃんと温度を感じたばかりだと言うのに、それが冷えていたらきっと僕の心も完全に止まってしまうような気がする。
どこから来たんだろう。
このコも、僕も。
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