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仕事
「たぬ、たーぬ。おまえ、太ったね?」
ふふふ、と、ふかふかな毛を両手のひらで挟むと、その底、固い頬骨の下辺りを撫でる。
真っ白で長い鼻の先っぽに自分の鼻をぴたっとくっつけると、濡れていてつるつるとしている。
きっと、健康ってことだよね。
よかったよかった、何よりだ。
このコは、たぬきは、狐なのだけれど。
名を、たぬきにした。
目の下に、赤く紅を塗ったようなクマがあった。
だから、たぬき。
僕の、可愛いたぬき。
「君、この髪飾りはどうだ、それとも、新しい着物を誂えようか」
「果物か、虫がいいな」
「虫」
「たぬは、ネズミとか虫、果物を食べるんだよ」
同じ部屋にいるにも関わらず、先ほどから相手にされないことに憤っていた男が、僕の甘ったるく煽る声に怒りを露わに吐き捨てる。
「虫を持ってこい、と言うのか」
男の太く脂っこい親指が僕の顎を乱暴に掴むと、そのままぐいっと顔を上向かせてきた。
「痛いな、もう。殺そうかな」
「…ああ。君は本当に面白い子だ。そんな目をして」
「あんたこそ、嫌な目え、してるよ」
値踏みする目。
いいよ、もっとよく見なよ。
だってこれが僕の仕事だもんね。
「君は本当に美しい…」
嬉しくは、ない。
この男との間に、心地よい時間はない。
それでも最高の微笑みを浮かべる。
この男にとって、最高にそそる顔。
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