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たぬき
目の前の視線を外さないまま、胸に抱いていた狐をそっと畳の上に離す。
そろりそろりと去って行くしっぽを、最後にきゅっとやわく握った。
やわこい。
すき、すき。
おまえだけが、すきだよ。
「ね、そろそろ、しよっか」
「…次来る時は、お望みの物を持ってきてやる。下男に醜い虫を集めさせよう」
「楽しみに、してる」
じじ、っと小さな小さな音を立てて、線香の灰が落ちて行く。
決まったコトを順々にこなしながら、はやくゆっくり眠りたいと、毎日そればかり考えている。
だるい。
項を支えられながら横向けに寝かされる瞬間、狐が文机の下の座布団の上で丸まったのが視界の端にうつり込む。
まったくのん気なもんだ。
僕もその横でまるくなりたいなあ。
慣れたものだ。
もう、仕事がはじまる前に、僕がぎゅうっと抱きしめても怯えなくなったあのコ。
暴れないし、逃げださなくなった。
僕の大事なたぬきは、どんな風にコレを見てるんだろう。
いつづけが、こんな意地の悪いやつじゃなければ、僕から店に頼んで一緒に魚を食べたってよかったのに。
お腹がすいただろうな。
待っててね。
この髪飾りを売って、それで果物でも肉でもなんでもいいからお前とお腹いっぱい食べよう。
食べるの好きでしょ。
お腹ぽんぽんになってるの見ると、愛おしいんだ。
生きていても大丈夫って気がするから。
たぬきといると、大丈夫って思えるから。
狐のたぬきは、本当はなんて名前なんだろう。
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