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3 非日常は突然に
翌日。
よーし、今日の授業は終了!
……なんだけど、私にはまだエクストラ授業(補習のことを指す隠語、作ったのは私)が残っているのだ。
最後の教科は数学。
教科担当の南雲先生(ほら、あの観察眼が鋭い人!)は、佐山先生と同年代くらい。隣の1-Aの担任の先生でもある。そして、生徒指導も担当していて、私は早速目をつけられているところがある。
数学は、一番点数が悪かった教科。そして、一番嫌いな教科。
気が重い要素しかないけど、教室に移動するぞ~……。
数学室がある棟に向かいながら思う。
改めて見ても、なんて広いんだこの学園は。
普段は、ほとんど寮と中学校舎の往復だから、半分くらいの場所はまだ行ったことがない。
この辺は、確かもうちょっと行くと、高校の校舎があったかな。花壇の花がちょうど咲いていて、景色が良い感じ。
ここは……、そうだ、講堂だ。文化祭のときには、主に高校の吹奏楽部や演劇部が、パフォーマンスするらしい。気になるなぁ。
そっか。文化祭のときはきっと、学園中のいろいろなところを回ることになるよね! いつもは入れないような場所に入れたりもするのかも!
あー! やっぱり交響祭、めっちゃ楽しみ!
それにしても、あんまり人がいないな。歩いているのは私と、私の少し前を歩くあの人くらい。
って、あの人今何か落としたよ!?
小走りで行って、落としたものを拾い上げた。メモ帳、かな? とにかく、返してあげないと!
落とし物なんて悲しすぎるっていう、経験者の意見。
でも、あの人もうだいぶ向こうの方にいる。歩くの速いなぁ。
見失わないうちに、後を追おう!
追いかけたら、学園の外に出ちゃった。補習まではまだちょっと時間あるし、渡した後にすぐに戻れば全然間に合うから、良いんだけどね。
そういえばあの人、制服じゃないな。外出するつもりだったのか、はたまたお客さんだったのか。生徒だとしたら、きっと上級生だろうな。
その人、曲がり角をめっちゃ曲がるから、見失わないかハラハラした。そして、いつのまにかだいぶ暗い路地に入ってしまった……。こんなところで、何するつもりなんだろう。
でも、ようやく追いついたよ。この辺り、ちょっと嫌な感じがするし、早く渡して帰ろう。
「すみません! あの、これ落とされましたよ」
「……ああ……」
この静かな声には、なんだか聞き覚えがある。
振り向いたその人の顔にも、見覚えがあった。
「……わざわざご苦労様……」
前回と違うのは、科学界になじむようなその服装だけ。
なびく黒髪、氷のように綺麗な水色の瞳。
冷ややかに口角をあげるその人は、まぎれもなく、ヤミヅキ!
これは、まずい!
急いで引き返そうとすると、目の前に水色の透き通った壁が!
な、なんだ?
「……結界。この中で起きたことは、外には伝わらない。お仲間への通信手段も、遮断させてもらった……」
わざわざ説明、どうもありがとう!
もう、こんなシンプルな罠に引っかかるなんて!
「要は、ミス・ウィッチとして未熟な私だけを引き離して、確実に仕留めに来た、っていうことでしょ?」
「……勘違いしないでほしいな……」
ヤミヅキは、一歩一歩こちらに近づいてくる。私は、最大限の警戒モードに入った。
「……私は、あなたを攻撃するつもりなんてないの……」
「この前、バリバリに攻撃してきたじゃないですか」
「……不用意に傷つけるつもりは、ないってこと。 私のお願いさえ聞いてくれれば、私たちが争う必要なんてないのだから……」
……どういうこと?
ヤミヅキは私の前で立ち止まると、手を前に差し出した。私に何かを求めるように。
「……あなたが、変身するのに使う道具。それを私に頂戴?……」
「……え?」
つまり、私の音楽プレーヤーが欲しいってこと?
私がミス・ウィッチに変身するときに必要なもの。スピカさんは、この道具は本当に大切なものだから、なにがなんでも守り抜けって言ってた。
なぜならそれは、ミス・ウィッチの心臓とも呼べるものだから。破壊されたりなんかしたら、力を失うにとどまらず、大変なことになる。
「……大丈夫。私は他の人とは違うから、いきなり壊したりはしない。
持ち帰って、その強大な魔力だけを、道具から引き離す方法を試すの……」
……いやいやいや。
「……すみません、渡すことはできません」
ひっ! な、なんかちょっと寒気がしたような気が……。
「……何故?
あなたは科学界の人。もともと魔力なんて持っていなかったのだから、それを失ったところで、害はないはず……」
「いや、それだけじゃないみたいだし……。
そもそもその道具は、もともと私の大切なものなんで、持っていかれちゃうのは困ります」
「……あなた、状況わかってる?
お願いさえ聞いてくれれば、争う必要はないのに……」
……ハイ、わかってるつもりです。現に冷や汗がとまらない。
でも、ダメなんだ。
「それでも、譲れないです。これは、私のアイテムは、私自身でもあるから。
それに、ミス・ウィッチとしても、私はこれを守らなきゃいけない」
「……そう……」
ヤミヅキは、羽織っていた紺色の上着を取った。
……やっぱり着てたんだ。その真っ白な服。
これは、どう考えても臨戦態勢。
私も、制服のポケットの中にある音楽プレーヤーを、強く握った。
「……私がお願いをできるのも、今のうちだというのに。
残念だったね、ヒーロー気取りの科学人さん。
なら、今ここで破壊するだけ……」
ヤミヅキが言い終わる前に、私はミス・ウィッチの姿に変身。
ヤミヅキは、まっすぐに腕を伸ばす。
その手のひらを向けた先は、私の腰辺り、つまり、音楽プレーヤーが入っているポシェット!
ピンポイントでそれ狙い!? 変身アイテムがある位置、知ってたのか!
意地でも音楽プレーヤーとは口に出さず、“これ”とか“アイテム”とかで頑張った意味とは!
白い光線が、ヤミヅキの手から放たれる。
身をかわす私。
彼女が放った光線が結界の壁に当たった瞬間、壁は凍り付いた。光線というより、吹雪を細くして発射したようなものなんだろうな。
ひんやりとした空気が、辺りに立ち込める。
「……ふーん。なかなか……」
呟きつつ、ヤミヅキは私を狙い続ける。私はとにかく彼女から距離を取って、なんとか避け続ける。
「……でも、所詮魔法のことなんて何も知らない科学界の人。
あの先輩連中がいないことには、あなたは私には勝てない……」
「……それはどうかな?」
って、うわぁ! 吹雪がすれっすれ!
い、今のセリフ、もっとカッコよく言いたかったのに……。さすがにそこまでの余裕はありません。今更だけど、我ながらよく避けられてるな。
でも、ただやられっぱなしってわけにもいかないよ! なんてったって私には、スピカさんからもらった冊子で、一生懸命蓄えた知識がある!
いつまでも、無知に甘えてる場合じゃないんだよ!
杖を構えた私は、唱えた。
「ミスマジック・ユージュ!」
ミス・ウィッチには、基本的にひとり五つ、専用のミスマジックがあるらしい。
キアさんが唱えていた「ミスマジック・エレカトレナ」っていうのは、おそらくキアさん専用のミスマジック。セイランさんの呪文「ミスマジック・フロウカレン」や「ミスマジック・アイシグラス」は、セイランさんの専用ミスマジック。
以前、スピカさんの前でミス・ウィッチとしてトウヤを追い払ったとき、スピカさんは私を“音”のミス・ウィッチだと判断した。だから、私専用の音のミスマジックっていうのが五つあるはず。
でも、呪文はわからないし、誰も知らない。スピカさんも、自分の専用の“星”のミスマジック以外は、知らない。
じゃあどうやって見つけるのかというと、あるとき自分のなかに、呪文がふっと降りてくるのを、ひたすら待つしかないんだって。
専用ミスマジックはとても強いらしいから、早く使いたいんだけど、今はどうしようもない。だから、とりあえず、共通呪文をひたすら覚えるのが大事なんだそうです。
以上、スピカさん作冊子情報でした!
そういうわけなんで、唱えたのは前と一緒の、ミスマジック基本呪文。
でも十分強かったから、今日はこれでなんとかしたい!
力が杖に吸い込まれる感じ。三回目だから、以前より動揺は少ないよ。
カラフルな球体が八つ現れる。
ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド♪
この可愛らしい音も、なんだか耳に馴染んできた。シロフォン、マリンバ、グロッケン。あの辺りの鍵盤打楽器を、一斉に叩いた感じの音がする。
円を描くように杖を動かす。この前より手早く! 三秒後には吹雪が来るからね!
杖を思いっきりヤミヅキの方へ向ける。
音の球体は、吹雪を放つ用意をするヤミヅキに向かって、勢いよく飛んで行った――。
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