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4 世の中甘くない
突然、球体は空中で止まる。
ビキ、ビキ、ビキと、球体の周りに氷が張った。
そして、ガラスが割れるような音を立てて、八つの球体は砕け散る。
「……楽しかった?……」
腕を前に伸ばしたヤミヅキが、静かに言う。
「……魔法で、悪者を、倒して世界平和。正義の味方を気取れて、気分が良かった?
本当に倒せていたら、良かったかもしれないね……」
その言葉には、相変わらず起伏がない。でも、今は静けさのなかに、フツフツとした感情が潜んでいる。彼女のなかで何かスイッチが入ったみたいだった。
ヤミヅキの周辺に、氷の花が咲いた。
氷の花は、不自然な動きでその蔦を伸ばす。
「……私は、あなたたちが、大嫌い……」
次の瞬間、蔦は勢いよく伸びて、四方八方から私に迫る。
路地裏の狭さじゃ、この攻撃は避けようがない。
直感的にそう感じた。
……でも、今の私は、前とは違う。
きちんと対抗できる力を、持っているはずなんだ。
ただ目を背けて、諦めるだけで終わらせない。
この絶望的な状況にして、なぜだかそんな強い気持ちが、私の中にはあった。
私の体を、半径一メートルくらいの球体状に、強烈な光が包む。
ヤミヅキの氷の蔦を、光はすべて跳ね返した。
「……何が起きたの……?」
ヤミヅキは困惑した様子だった。
本来、私も困惑していいはず。でも、なぜか気持ちは落ち着いている。
光に包まれた全身が奮い立つ。
体の奥底から、力がみなぎってくる。
音はしないのに、声がきこえた気がした。
一生懸命、心の耳を澄ませる。
……うん、わかった。
きっとこれだ。これが冊子にかいてあった。
“呪文が下りてくる瞬間”――。
強烈な光は止んだ。
ヤミヅキは、すぐに氷の蔦を叩きつけてくる。
今の瞬間、私の身に何かが起こったことを察して。私に反撃の隙を与えないように。
こういうところ、やっぱり戦い慣れしてるのかなって、思う。
って、この状況を冷静に分析してる、私も私だよね。きっとアニメの見過ぎだ。
今日はなんだか疲れた。よし、さっさと終わらせて、寮に戻って、ゆっくり寝よう。
氷の蔦は、杖で受け流す。
ものすごい速さと数だったけど、とても調子が良い私には、それほど問題じゃなかった。
「……なんで? そんなに強いはず、ないでしょう? あなた……」
ヤミヅキの勢いも、だんだんと衰えてきた。息も上がってるみたい。
「そっちこそ……、
そんなに、弱かったの?」
自分が吐いたとは思えないセリフだったし、このときの私がどんな顔してたのかも、あんまり思い出せない。
ヤミヅキの表情が、屈辱に染まっていたことだけは、よく覚えている。
私は、右手で杖を持った。
ト音記号の形をしたオブジェを、まっすぐヤミヅキに向ける。
「ミスマジック・ピュルムジカ!」
サイドポニーが、衝撃で大きく揺れた。
杖の先から、巨大な黒い五線譜が、二本のびる。カラフルな音符が、五線譜にくっついている。
二本の五線譜は二方向に分かれてのび、ヤミヅキを円の形に取り囲んだ。
五線譜につぶされないように、ヤミヅキは氷の蔦でバリケードを張る。
五線譜が、内側から蔦で押される。でも、私だって負けない。
意識を、さらに集中させるーー。
ふいに、押される感覚が消えた。
そう、例えるなら、開かなくて頑張っておしていたドアを、向こう側から急に誰かに開けられた感覚。
五線譜は円の中央に集結して、やがてパッと弾けて消えた。
でもそこに、ヤミヅキの姿はない。
変な手ごたえもなかったし、まぁきっと、瞬間移動でもしたんだろうな。アニメじゃよくあるよね……。
……つ、疲れたぁ……。
なんだこれ。すごい疲れた。五分間走の後くらい疲れた。
……でも! 使えたよ! 私だけのミス・マジック!
ミス・ウィッチとして、一歩踏み出せたって感じ! 純粋に考えて、ひとりでヤミヅキの相手ができるなんて、すごくない!? 私、すごくない!?
ヤミヅキがいなくなったことで、遮断されていた空間も解放! 私は変身を解いた。
いやー、こんな町の片隅で、魔法による激闘が繰り広げられていたなんて、誰も思わないよね。
頑張った、私!
ともかく、今日は帰ったら、ベッドにダイブだ―っ!
「ただいまー!」
寮の部屋に無事とうちゃーく!
「え? あ、ちょっと待ってください。たった今、ひび……、いえ、相崎さんが……」
ん? 真理英、誰かと電話中?
あ、部屋の固定電話だ。寮のロビーとか職員室にもつながるんだよね。内線ってやつ?
真理英が一度、受話器を耳から離す。
「響、お帰りなさい。ちょっと待っててもらえますか?」
「あ、うん」
「……もしもし、翠川です。
……はい、相崎さん帰ってきました。……はい、代わります。
響、その、……南雲先生からです」
遠慮がちにいう真理英。
サーッと血の気が引くのを感じた。
やっば、数学の補習忘れてたーっ!
おそるおそる受話器を受け取る。
「……もしもし、相崎です」
「こんにちは。いや、もうこんばんはか。南雲です」
ああ、笑ってるけど内心笑ってないときの声だ……。
「私があなたを探してた理由、わかるね?」
「ハイ……、補習すっぽかして、すみません」
「てっきり、部活にでも行っちゃったのかと思って、軽音の部室にも顔を出したんだけど、そうじゃなかったみたいだね。どこ行ってたの?」
「……ちょっと、別の用が、ブッキングしてしまいまして」
まさか、魔法で敵と戦ってました、なんて言えず。なんとも歯切れの悪い答えになった。
ていうか、めっちゃ探すじゃん、私のこと。
……それもそっか。
なぜなら、今回の数学の補習はただひとり。この、相崎響だけなんだから。
(みんな数学苦手じゃないの!?)
それから数分ほど、数学の大切さについて説かれた私は、電話が切れたことを確認してから、ベッドにダイブした。
「大丈夫でしたか?」
真理英がきく。
「あー、うん。大丈夫、たぶん。明日の補習にきちんと参加すればね。もはやマンツーマン授業だけど」
「それはまた……、贅沢ですね」
南雲先生と一対一の状況を想像したであろう真理英は、苦笑いしていた。
「ごめんね、何度も電話かかってきたらしいじゃん」
「あ、いいえ、大丈夫です。
南雲先生が響を探していること、響にも伝えようと思ったのですが、なぜかメッセージが送れなくて……。充電切らしてましたか?」
「あ、今日は違う。充電はあったんだけど。
ちょっと、ヤミヅキとやりあってて」
「ああ、なるほど……。
……えっ?」
目を丸くする真理英。私は曖昧にはにかんだ。
『はあ!? ヤミヅキと戦った!? ひとりで!?』
うっひゃあ……。相変わらず声が大きいなキアさんは。
真理英からキアさんたちに連絡することをすすめられて、電話をかけました。
『お前、すぐに連絡しろって言ったろ!? 何ひとりで相手してんだよ!』
「連絡できなかったんですよ、むこうに邪魔されて」
『で、怪我は? ていうか、なんでそんな平気そうなんだ? 良いことだけど』
「それは、私にも使えたからですよ、ミス・マジック」
『……マジ!?』
ダジャレ?
『使えたって、え、呪文も?』
「ハイ! もうバッチリ覚えてます!」
『はあー……』
呆気、って感じのキアさん。
「そんなに驚くことなんですか?」
『驚くことでしょ。
あたしが初めてミス・マジック使えるようになるまで、十回は実戦ふんだぞ? 響なんて、トウヤはノーカンとして、実質二回目じゃん。
その早さは、セイランレベルだ』
「ええ!?」
思ったよりもすごいのか、私……!?
『ほんっと、いろいろと規格外なヤツだな……。
ただ! 今回はたまたまうまくいっただけだからな!? 絶対に油断するんじゃねーぞ!?』
ハイハイ、わかってますって。
『しかし……、また今回みたいなことがおこっても平気なように、響、真理英、個人個人の力も高めていかなきゃならないかもしれないな……』
お? キアさんが、私と真理英の魔法習得に関して、だいぶ前向きな発言をしている。
ていうか、補習ペナルティの“ミス・マジックおあずけ”、絶対覚えてないよね?
『響のミスマジックの話も、詳しく聞かせてもらう必要がありそうだ。
近いうちにまた、そっちに行くからよろしく』
「あ、ハーイ……」
そのときはちゃんと、事前に言ってほしいです。不法侵入になるから。
『わかったか。次は補習になってる場合じゃないからな』
ぐ……、忘れてはなかったか、補習のこと。
「……あ」
そうだ。
『何? どうした?』
どうせまた、こっちに来てくれるなら……。
「そのときに、文化祭のチケット渡しますねー!」
『チ、チケットぉ?
お前、ほんっとになんていうか、のんきなヤツだなぁ……』
呆れてものも言えない(言ってるけど)って感じのため息が、電話越しに伝わってくる。
ホントに私はなんともないんだけど、ちょっと心配しすぎじゃない?
『つーかあたしたち、それ行くの?』
「「えー!? 来てくれないんですか?」」
なんと、真理英とハモった。
思わず顔を見合わせて、目をぱちくり。
『な、なんだよ、二人して……』
キアさんの戸惑う声。
そのあと、なんとか説得して、キアさんとセイランさんは交響祭に来てくれることになった。交響祭はふたりに、科学界について、そして私たちについて、もっとよく知ってもらうための、絶好の機会だと思うんだよね、っていうのは建前で、私たちの頑張りをとにかく自慢したいのだ!!!
交響祭関連の日々は、(補習を除けば)楽しくて体感時間はあっという間だったんだけど、今から続けるにはこの後の話は、ちょっと長すぎるかな。
ということで、一旦これにて終了!
次回もどうぞご期待ください。
To be continued……
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