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俺、こと佐山優さやまゆうは高校の帰り道を朝倉小夜あさくらさやといつもの様に歩いていた。
念のため言っておくが、俺と彼女は特別な関係にあるとかそういうのではない。
幼馴染の俺たちは、親同士が仲が良く、物心つく頃から一緒にいる事が多かった。
周りから付き合っているの?と、聞かれればお互い口を揃えて「そんな訳ないだろ」「そんなわけないじゃない」と、返す。そんな二人だった。
「ねぇ、またあのゲームやろうよー」
小夜と帰るときは、昨日のドラマがどうだったとか、面白い漫画があるなんて話をして帰っていたのだが、最近は二人で作ったゲームをしながら帰る様になった。
「あぁ、いいぜ。まぁ、今回も俺の勝ちだろうけどな」
「残念でしたー。今回、私には秘策があるんですー!」
今日の小夜は、えらく自信がある様だった。
これまで7回このゲームをやっているが、俺は一度も負けたことがない。俺が特別強い訳ではなく、いつも小夜の自爆で終わる。だから小夜の言う秘策とやらに興味が湧いてきた。
「それじゃあスタート!」
小夜の掛け声と共にゲームが始まった。
「突然のスタートがお前の秘策か?」
「関係無いわ」
小夜は、まさかという顔をしている。
「分かんねぇーなーお前の秘策」
「クックック……精々悩むがいい」
小夜の顔は戦隊モノの悪役よろしく、不敵な笑みを浮かべていた。
「今のクックックは若干反則じゃねーか?」
「勘違いしないで。今のクックックは苦、苦、苦……で優に苦しみを与えてあげるってことよ!」
彼女の言い分はかなり苦し紛れではあるが、ここは大人の対応をすることにした。
「よし、いいだろう。今のは見逃す」
「……少しは見直したわ、優のこと」
なぜ見逃してあげた俺が見直されたのかは置いておこう。文として成り立ってそれなりの会話ができていればそれでいいと言うのが、2人で定めたルールだ。
俺は少し小夜に攻撃することにした。
「ところで、今日の小テストはどうだった?」
俺は少し意地の悪い顔をして小夜に返す。
「た、た、……大変良い成績でしたけど!」
嘘だ。俺は知っている。小夜はテストの類では誇れるほど良い点数を取ったことがなかった。それに今日の小テストは、学年10位に入る俺からしても難しいものだったのだから尚更だ。
「どうしてそんな嘘をつく?」
「クックック……いいじゃない!ちょっと見栄を張ったの!」
また、クックックを使っているがもう突っ込まない。それに俺はもう今回のゲームも自分が勝ったと確信している。このまま、くで攻めれば俺が勝つ。
……はずだった。
の、の、の、の⁈
やばい、『の』から始まる言葉が出てこない。攻める事しか考えていなかった。
……このままじゃ負けてしまう。それも、これは彼女の秘策ではなく、完全にラッキーパンチだ。
考えろ、考えろ。
小夜は俺が焦る姿を笑いながら見ている。
そして彼女はカウントダウンを始めた。10カウントだ。
「10……9……8……7……」
「の、の……のっぴきならない理由でもあったのか?」
……危なかった。なんとか意味の通る文になり、俺は心の中で安堵した。
「関係無いでしょ!今テストの話は!ダメ!テストの話は禁止!」
どうやら本当にテストの話だけはされたくない様だ。小夜は物凄い目で睨みつけてくるので、俺は別の話題に話を逸らす事にした。
「しょうがないな……ところで秘策ってなんだったんだ?このままだと出せず仕舞いで終わっちゃうぞ?」
ゲームに集中していたせいで気付けば、2人がいつも別れる道へ差し掛かっていた。
「ぞ…じゃ駄目なの……わ、わにして」
……なんだ今のは?ゲームのルールには沿っているが、アウトかセーフで言えばアウトだろう。
……が、小夜の秘策も気になるし、なによりゲームを始めた当初、小夜は自信満々だった。どんな秘策で俺に勝とうと考えたのか気になる。
「て……て、テスト勉強もしっかりしろよ」
俺がそう言うと、テストというワードが気に食わなかったのだろう。またも睨みを効かせてきた。それに小夜の秘策に繋げる、わで終わっていない。
俺はやれやれと言った風にして、
「……まぁ、テスト勉強なら俺が教えてやる……わ」。
少しの間を置いて俺はそう言った。
語尾にわを付ける事なんて普段しないのでなんだか照れくさい。
いや、それよりもお膳立てはしてやったのだ。
さぁ、秘策とやらを出してみろ!
……どんなことを言われるのか、構えて待っていたが小夜は一向に秘策を出さない。どころか、小夜は俯いてなにも言わなくなってしまった。
仕方ないので俺はルールに則りカウントダウンを始める。
「10……9……8……7……6……5……4……3……」
2をカウントしたときだった。
「わ……私、優のことが好き……。ずっと好きだった」
「え⁉︎」
俺は突然の事に耳を疑った。
き……きゅ……急になんだよと、言いながらしどろもどろになってしまう。
すると小夜はフフフと可愛らしく笑い、
「やったー! 初めて優にしりとり会話ゲームで勝ったー!」そう言って万歳をした。
俺は事態を飲み込めずにいた。
秘策とはこのことだったのか?
……俺はまんまと小夜の策にハマってしまったらしい。
「あぁ、お前の勝ちだ。よくそんな秘策思い付いたな」
俺はやられたよ。と、ため息を吐きながら小夜に問いかけると、なんだか小夜の顔がいつもより妙に赤いことに気づく。
「い……一応本気なんだけど」。
小夜の顔が一段と赤くなったのが分かる。そして、真剣な眼差しで俺を見つめている。
「え?」
「だ、だから、さっき私が言ったこと……本気なんだけど……」
それを聞いて俺はドキリとした。心臓の鼓動が早くなっている。
まさか、小夜が俺に気があったなんて知らなかった。俺と小夜は幼馴染で、物心つく前から一緒にいた。付き合っているの?と、周りから聞かれれば、お互い口を揃えて「そんな訳ないだろ」「そんなわけないじゃない」と、返す。そんな二人だった筈だ。
とりあえず俺は、「えっと……」と、その場を繋ぐ言葉を思惑するが全くもって言葉が出てこない。
……俺の頭は混乱していた。
いつから小夜は俺のこと気になっていたんだ?それになんで今なんだ?いや、そんな事考えるよりも小夜からの告白に対する返事を言わなくてはいけない。
二人の間に沈黙が流れる。
西日が二人を照らし、いつもなら眩しく目を細めるのだが今はそんな事すらしている余裕は無かった。
その沈黙を破ったのは小夜だった。彼女がカウントダウンを始めたのだ。
「10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……」
「俺もお前のことが好きだ!」
カウントに急かされたせいか、俺が昔から想っていた言葉が自然と出てきてしまった。
俺は時が止まった様な錯覚に陥る。耳の先まで熱くなり手に汗にぎり、きっと顔も小夜以上に赤くなっている。鼓動も早まり心臓が早鐘を打ちその音はバクバクと段々と大きくなっていき小夜にまで届いてるのではないかとさへ思うほどだった。
緊張と恥じらいでうつむきたくなるのをなんとか抑えて俺は小夜の顔を見た。
「ありがとう」
小夜はそれだけ言って一人走って帰ってしまった。彼女の後ろ姿はどこか儚げで、だがどこか嬉々としているのが伝わってきた。
_____
それから、小夜……いや、彼女……妻とは今でも、しりとり会話ゲームを時々している。
けれど俺が負けたのはあの一度きりだ。
それでも妻が……小夜が言うには、あの一回の勝利は他のどの勝ち星を足しても敵わないよと自慢してくる。
それを聞いて俺はいつも「苦、苦、苦」と苦笑いを浮かべてやり過ごすのだった。
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