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「うええっ……。ひっく」
ポチャポチャとしたお餅のような頬を大粒の涙が伝う。
上を向き気味な小さな鼻の穴からは、大量の鼻水が垂れてきている。
「どーしたの?」
小柄な瑠奈がしゃがみ込むと、4、5歳だろうか、大泣きしている男の子と同じぐらいの目線になる。
「迷子じゃないのかな?」
俺も瑠奈と一緒になって覗き込む。
「お名前は言える?」
「マ、ママ……。うええっ」
瑠奈が訊ねてみても男の子は泣きじゃくるばかりだ。
「インフォメーションセンターに連れていくしかないんじゃないかな」
「そだね」
吹き抜けの天窓から明るい日差しが差し込む、祝日のショッピングモール。
辺りは買い物を楽しむ多くの人で賑わっていたけれど、母親らしき姿は見当たらない。
「おねーちゃん達と、ママを探しに行こうか?」
瑠奈が促しても男の子は頑なにその場から動こうとはしない。
どうしようか……。
僕が思案していると、瑠奈が「あっ!」と小さな声をあげる。
「……もしかして、それポチモンカードじゃない?」
小さなクリームパンのような手が大事そうに握りしめているのは、お馴染みの柄が印刷されたカードの束だった。
「いっぱい持ってるねー。おねーちゃんもポチモン好きなんだ。それ、おねーちゃんにも見せてくれる?」
男の子は瑠奈に警戒気味な視線を向けながらも小さく頷いた。
瑠奈は小さな子供の警戒を解こうと声をかけた、というよりも、純粋にポチモンカードが見たかっただけだったようで、一枚一枚カードをめくりながら「ペッチャマかわいー」とか「これザコカードじゃん」とかブツブツ言っている。
いつの間にか泣き止んだ男の子も、「コラコラドンつおいよ」とか言いながら瑠奈の手元を覗き込む。
そして、表面が金色に加工されたキラカードが姿を見せたところで、ペシペシとカードをめくる手がピタリと止まった。
「えっ……、これ初版の『テリードンEX』じゃん! どうしたの?」
「パパからもらった」
「これプレミアカードだよ!」
「『ぷれみあ』って?」
「えーっと。良いヤツって事」
瑠奈はそう言ってから魔女のようにニヤリと笑う。
「……ねえ、おねーちゃんの『テリードン』と交換しない?」
「おいおい、小さな子供相手に何やってるんだよ」
僕は花柄ワンピの襟元を掴む。
「だってー。このままじゃ鼻水ついて価値下がっちゃうよー」
ジタバタする瑠奈を押さえつけていると、後ろからパタパタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「シュンちゃん! こんな所にいたのね。ママ心配したわ!」
ショートボブの女性が真剣な表情で駆け寄ってくると、男の子をぎゅっと抱きしめた。
けれど、さっきまで泣いていた男の子はキョトンとした顔をしている。
「シュンちゃんね、おねーちゃんとポチモンカードであそんでたんだよ。シュンちゃん『ぷれみあ』カードもってるの」
「そうなの? でも、もう一人でどこかへ行っちゃ絶対ダメだからね」
女性はシュンちゃんの鼻水だらけの手をとると、「すみませんでした」と僕らの方へ頭を下げてみせた。
そして、シュンちゃんに優しい笑顔を向けながらフードコートの方へゆっくりと歩いていく。
「おねーちゃん、またあそぼーね」
シュンちゃんは振り返りながら満面の笑顔でポチカを持った手を振ってみせる。
「うん、またねー」
「もう迷子になっちゃダメだぞー」
僕達も男の子の後ろ姿に手を振り返す。
二人の姿が人波の中へ消えてゆくのを穏やかな気持ちで眺めていると、隣で瑠奈が「あっ、しまった!」と声をあげた。
「シュンちゃんとお友達登録するの忘れてた」
「相手は幼児だぞ」
「だって、また遊ぼうね、って言ってたじゃん」
「そうだけど」
「今時の幼児はスマホだって持ってるかもしれないよ」
「それはさすがに……」
「それにシュンちゃんのパパなら、もっとプレミアカード持ってるかも」
そう言って瑠奈はニシシと笑ってみせた。
「やっぱ、そっちか……」
「あー、『テリードンEX』こそっとさっき貰ったフードコートの割引券と取り替えておけば良かった」
「それはすぐバレるから」
僕は大きくため息をついた。
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