水曜退屈マスター

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水曜退屈マスター

 水曜日というのは退屈な曜日だ。  週の真ん中というのもあって、世間的に「中だるみ」扱いを受ける曜日でもある。ぼくもそれについて異論はないし、とくべつ水曜日の肩を持つ気もない。「退屈」と呼ぶに相応しい曜日だ。  水曜日の、学校での一日をサンプル的に振り返ってみよう。  まずは退屈な朝礼から始まって、退屈な一限目があって、二限目があった(中略)。  退屈な給食時間があって、退屈な休み時間があって、退屈ついでにトイレで小便をした。  午後からも相変わらず退屈な五限と六限目があって、退屈ながらに教室の掃除をして、“最後”というだけのラスボス、退屈すぎる終礼を見事クリアした。以上。  「よくやった!」と褒められることなど何一つない。ただ無理やり自分を褒める点を挙げるとするなら、それは退屈しのぎをしなかったことだ。ぼくは退屈を「退屈」のまま受け止め、「退屈」としてしか受け入れなかった。結果的にその言葉の意味どおりの「退屈」を、楽しめたかどうかは別の意味で、満喫することができたと思う。  こうして振り返ると、水曜日の退屈な一日のエンディングとなった下校時の「杉浦美咲」からの告白は、退からの何かしらのご褒美だったのかな? と思えなくもない。そうなってくるとプレゼンター役はガンちゃんということになる。「おいおいっ⁉︎ す、す、杉浦がおま、おまえを探してるぞ!」と慌てすぎてて、プレゼンターの役目は果たせてなかったけれど。 「好きです。つき合ってください」  他の人に見られない場所を選んだのだろう。校舎の陰、隣りの敷地とを区切るフェンス横に連れ出されての「杉浦美咲」からの告白は、恋愛を描いた漫画やテレビドラマで何万回と観た記憶のある言葉(セリフ)であり、シチュエーションだった。  だとしても。水曜日の退屈さにどっぷり浸っていたぼくには衝撃的だった。それに告白されるなんて初めての経験で、ぼくは思わず息を呑んだ。実際的にも息を呑み、あろうことかそのを喉に詰まらせて呼吸困難に陥った。息ができない状態となり薄れゆく意識のなか、酸素不足の脳内でぼくは自問自答する。 『え? 杉浦美咲がぼくを好き?』 『なんで? なんで? なんで…?』 『ドッキリじゃないの?』 『………?』  問いかけるだけで答えは返ってこない。だとしたらそれは自問自答じゃない。  幸いにも呼吸機能はすぐに復活したので、反射的に平静を装ってみようとしたがそれは無理な話だった。今、ぼくの顔はまっ赤なはずだ。小さいサイズのコンビニ弁当なら温めることができるくらいの熱を、顔面に感じている。平静を保っている人がまっ赤な顔をしてるのをぼくは見たことがない。  目の前の彼女もまた、顔をまっ赤にしていた。「つき合ってください」と頭を下げたままの彼女の、短めな髪に隠れわずかに見える頬がまっ赤だった。さすがにコンビニ弁当を温めるのは無理だとしても、彼女の想いが熱となって伝わってきた。校舎の陰、ぼくと彼女がいるこの空間だけ気温が上昇していた。二月の夕暮れどき、こんなに暖かいはずがないのに。  まっ赤な頬をした彼女を前にぼくは居た堪れなくなる。この場に居つづけるには責任が伴う。逃げ出したい気持ちになった。すると「落ち着け!」と、もう一人の自分が無茶なことを言う。この状況で落ち着けるはずがない。残念ながら、もう一人の自分も自分を見失ってるのだ。  彼女はまだ頭を下げたまま。ぼくにはこうして彼女に頭を下げさせた、『好きです』と言わせてしまった責任がある。彼女に対して返事をしないといけない。何かしらの言葉を返さないといけない。彼女が頭を元の位置に戻す前に。  でもその瞬間はすぐに訪れた。ぼくが言葉を準備する猶予を与えてはくれなかった。思いがけず彼女は勢いよく頭を上げ、再びぼくに視線を向けた。しっかりと細かい調整を施し、素早くピントを合わせるように。すべてが段取りどおり、彼女のペースで完璧に進行しているようだ。頬だけがまっ赤だった。彼女のほうが平静の近くにいた。  彼女がまっすぐとこっちを見てる。ぼくは腹をくくった。
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