シキヨクの蔓延る家

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 家賃2万円の格安物件に住み始めて早いもので1年が過ぎた。 外から生暖かい風が窓から入り、廊下へ逃げていく。その風に揺られ奥の5畳の畳の部屋の中に黒い影が揺れる。徐々に靄のようなものが人型に形を変えていく。白髪の綺麗な髪が腰の辺りまで伸び、可憐に舞う。そして、白色の綺麗な着物に若草柄が映える。だが、異様に白い肌は生気を感じさせない。  僕は彼女に恋をした。その美しい美貌と可愛らしい見た目も好みではあったがそれだけではない。たとえ、だとしてもこの心の奥底から湧き上がる感情は抑えが効かない。僕は彼女のために指輪を買った。そして、今日勇気をもって告白すると決めた。  時は1年前に遡る。大学を卒業し、地方の製鉄会社に就職した。初めての1 人暮らしでお金に余裕が無かったこともあり格安物件を探し、ある物件に決めた。  看板が掠れた無人駅から徒歩10分ほど人気のない参道を進んだ。舗装はほとんどされておらず、ぼこぼこの地面に時々足を取られ、ため息が出た。そして目印にしていた酒屋とコンビニの間の細い路地に入りしばらくするとマンションが道を挟むように聳えていた。『白亜荘』と呼ばれるその物件は4階建ての鉄筋構造の一般的なアパートだった。だが、僕が住む『409号室』は曰く付きの部屋らしく、通常家賃から3カ月間は8割引いた額で住めるという。どうやら人の出入りが激しいらしく、夜な夜な女のすすり泣く声が聞こえるだとか謎の破裂音や畳に謎の染みが浮かび上がるなど色々な現象があるらしい。だが不動産屋によると過去に事件や死者が出たという話はないらしい。  僕からするとそんなことよりも安い価格で住めることに感激した。それにそういう者は常にから耐性があると高を括っていた。  内見に行く余裕がなかったことを後悔した。外壁の塗装は剥がれ、下地の黒色が大半露出していた。ロビーのガラスにはひびが入り、奥の郵便受けからは封筒やチラシが溢れ、床にも多く散乱していた。まるで廃墟のような有様に住人は本当にいるのだろうかと不安になった。  重い足取りの中、エレベーターに故障中の表示が貼られていたため渋々、階段を使って4階まで上がった。上がっている最中、反響音が響いた。周りの生活音はなく余計緊張感が高まった。まるで心臓を掴まれているような変な不快感が身体を包み込む。息がしにくいような圧迫感と黴臭さが鼻をつき、むせ返しながらも何とか目的の部屋の前に辿り着いた。  
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