シキヨクの蔓延る家

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 今夜もまた、あの大男にぶたれているのだろうか。少女に再び会えるのではという期待感と昨日見た惨状を思うと不安感とが半々渦巻いた。  ドアの前に立ち、深く深呼吸をし、ドアノブに手を掛けた。その時、昨日感じたのと同じ冷たさが肩に生じた。そして、耳元で…… 「色欲に魅入られてはいけませんよ。今ならまだ引き返せます」 しわがれたあの声が地面から這い上がるように響いた。突如として沸くように現れた大家さんの気配にゾッとしたが、うるさいと一瞥し肩に掛かった手を振りほどき急いで中に入り鍵とチェーンを掛けた。小窓から大家さんがまだいないか覗きこんだがそこには既に誰もいなかった。  大家が言っていたことも気になるが早く和室に向かいたいという欲求が勝り、自宅に入ってから胸のドキドキが止まらない。何かの意志に従うマリオネットのように脳から全身に強力な指令が送られた。  意志は和室へ、一目散に向かい取ってに手を掛け一気に開いた。するとふわっとフレグランスのいい匂いが鼻をついた。帯が天井から彼女を拘束しているのは変わらずだったが部屋は綺麗に片付き、昨日散乱していた一升瓶の破片は嘘のように消えていた。  心配していた大男はおらず、天井から拘束された少女は床に膝をつく形で鎮座していた。彼女がゆっくりと顔を上げるとつぶらな大きな赤い眼が僕を捉えた。すると彼女の口元は綻び、「ありがとう」といい満面の笑みを見せた。 その姿に思わずドキッとした。可愛すぎるその笑顔は僕を心酔させ視線を離させない。  「け、結婚してください。一目ぼれしてしまって。い、一生幸せにします」 僕は何かに憑りつかれたかのように膝をつき、買った婚約指輪の入った箱を取り出しパカッと開いた。だが、これは僕の思った行動ではなく操られているようだった。まだ、彼女のことを何も聞いてないのに……  少女は一瞬呆気に取られていたがすぐに再び微笑み「結婚は無理ですけど……私、既に死んでますし、地縛霊でここから離れられないですし、でもお父さんを除霊してくれたこと感謝します」とお礼を述べた。
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