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記憶喪失の『レオナ』
さらに男から耳を疑うような言葉が発せられた。
「……私が与えねば、君は生きられない。君を買った“主人”の命令だ」
「“買った主人”……?貴方が、私を?」
彼女は思わず聞き返す。
自分には記憶がない。それでは記憶を失う前にした約束などあっても覚えているはずもなく、反論することも出来ない。
初老の男は驚きのあまり何も言えなくなっている彼女の前で素早くまた水を口に含み、彼女の顎を掴み上げて口に水を移した。
ゴクリ。
再び彼女は口に入ってきた水を反射的に飲み込む。
そしてようやく舌が回るようになった状態で相手に返した。
「そんな!!私、自分が誰かに買われた覚えなんて……」
つい先ほどまで身体がうまく動かせないほどに衰弱していたとは思えないほど張りのある自分の声に、彼女自身が驚く。
男は彼女の問いには何も答えずに部屋に明かりを灯し、そして彼女に向き直った。
なぜか初めて会ったような見覚えのあるような、不思議な感覚のする初老の男の顔。
「……そうさ。君を手に入れるために全てを忘れさせたのだから。私のための晩の相手、それが買われた君の役目だ」
初老の男はそう言ってニヤリと笑い、彼女に近付く。
「っ、近寄らないで下さい!!」
彼女は動けるようになった身体で後ずさるが、男は無表情のまま彼女を壁際に追い詰めた。
「レオナ。君は今、何を思い出せる?それに自分の名すらも、覚えていなかったのではないか?」
男に問われ、彼女は思い返す。
確かに、未だに何も思い出すことはできていない。
どころか、自分が何者なのかすら未だに思い出すことができないのだから。
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