ネコちゃんだあれ?

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 残業終わりの週末の夜、ようやく今週も乗り切ったなと行きつけの店でひと息ついていたところ。  ふと気配を感じて隣を見ると、すっかり見慣れた青年がニコニコしながらこちらの顔を覗き込んでいた。 「川村さん、おつかれさまです! ここ、いいですか?」 「おー、って、もう聞く前に座ってるし」 「ふふっ、まあいいじゃないですか。じゃあ遠慮なく失礼しまーす」  なんて調子のいいことを言いながらモゾモゾとおれの隣に腰を降ろしたのは、この店のアルバイト店員である鈴木くんだ。  彼は自分のシフトが終わると客として店に滞在することが元々よくあったのだけど、何故だか最近はおれに懐いてくれているようで、気が付けばこうして声を掛けてくることが当たり前の光景になっていた。  「今週もやりきった、って顔してますね」 「ん、ほんと疲れた」 「折角来てくれたんだし、いっぱい癒されて下さいね。じゃあ、乾杯!」 「ああ、乾杯」  彼が差し出したところにコツンと遠慮気味に合わせたグラスの中身は、ただのウーロン茶だけれども。  「んー、やっぱり癒されるなー!」 「にゃあ」  ああ、ほんと可愛くて癒される……。  そう、ここはお茶を飲みながらまったりと猫を愛でることができる、いわゆる猫カフェだ。  おれと彼、鈴木くんとの出会いは半年ほど前のこと。  こちらに転勤したばかりで周辺の街を散策しているときに見かけた保護猫カフェにふらりと入ってみれば、猫たち……いや、ネコちゃんたちの可愛さにまんまと心を撃ち抜かれ、気が付いたらすっかり常連になっていた。  おれは生き物なんて育てる自信がないから保護猫を引き取ることはできないけれど、このカフェの利益で少しでも彼らが救われるなら……なんて尤もらしい口実で、毎週末のように足を運んでいたのだった。  しばらく通えばほかの常連客の顔なんてすぐに覚えてしまうもので、鈴木くんもそのひとり。とはいえ別におれたちはネコちゃんに会いに来ているだけなのだから、目が合えば会釈する程度、ただそれだけで。  そんなおれたちがよく話すようになったきっかけだってそんな大したことでもなくて、たまたま駅前で出会ってしまっただけなのだ。  ほら、あるだろ? どこかで見たことあるなって目で追ってたら、不意に視線がかち合った瞬間「あ!」ってなるやつ。それで、明らかに目的地は同じなわけで。「あっ、じゃ、じゃあ……」なんて若干挙動不審になりながら一緒に並んで歩いたのが始まりだった。  おれは元々の気質として他人と交流することがそこまで得意ではなくて、最初は「あぁ……ただの顔見知りの人と会話してしまったなぁ。次に会ったときも会話しなきゃいけない流れかなぁ……」なんて今思えばめちゃくちゃ失礼なことを考えていた。しかも、実はただの常連ではなく店員さんだったなんて、尚更もう来られないかも……なんて反射的に思ってしまったことはもうそろそろ許してほしい。  そんなおれに対して鈴木くんは、穏やかそうな見た目に反してものすごく明るく社交的でスッと心の中に入ってくるようで。目が合えばニコニコと手を振りながら近づいてきたと思えば、いつも彼のペースに飲まれるように圧倒されながらあいづちを打っていた頃が懐かしい。  つまり、あれだ。そんなおれが人前で……いわゆる人たらしな彼の前では緊張せずに、ただ素になってネコちゃんに癒されながらぐだぐだしてしまうほど、気が付いたら完全に心を許してしまっていたというわけだ。 「うーん、やっぱりこんな寒い日は炬燵が最高ですね。ちょっと人恋しくなる季節というか」 「あー、そうだな?」  そう、まさに今おれたちは、二人並んで炬燵で寛ぐようにしてネコちゃんたちを愛でていた。いや、横並びってどうなんだ? とはおれも思ったし、ちょっと距離感おかしくないか? と思いはするものの、彼が後から入ってきたわけだし、きっと今どきの若い子はそういうものなのだろう、そうだよな? なんて考えていたから思わず生返事のような声になる。 「えぇ……そんな興味なさそうな返事しないで下さいよー」 「え? あぁ、ごめん。なんだっけ」 「もう……、人恋しくなる季節だな、って話です。川村さんって彼女とかいないんですか? 気になる人とかも?」 「えっ、あっ、それは」  口を尖らせてなにか言っていたかと思えば突然水を得た魚のように次々と畳み掛けてくる彼に圧倒されそうになる。 「あっ、一気にごめんなさい」 「いや、いいんだけどさ。まあ、そんな相手がいるなら毎週末のようにこんなところ……いや、こんなところっていうのも失礼か。それを言ってしまえば鈴木くんも似たようなものだし、おれと違って鈴木くんは彼女とかいそうだもんな」 「大丈夫! いません!」  そっか、なにが大丈夫なのはよくわからないけれど、こう、仲間意識というか。おれみたいなぼっちにとって、鈴木くんみたいに話が上手な若者だけど彼女がいないなんて、それだけでちょっとだけ心の距離が縮まったような気がしてしまうのだから我ながら単純だ。 「そ、そうなんだ……で、なんの話だったっけ?」 「あっ、いえ、もう大丈夫です。そんなことより……」 「うん?」 「おっきなネコちゃん、見に行きませんか?」 「……なにそれ? 見たい!」  なんだかよくわからないままに返事をしてしまったような気がしなくもないけれど、おっきなネコちゃんなんて気になるに決まっているだろう。
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