希望的カンソク

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「ねぇねぇ、聞いてよ。この前、防災放送? サイレン? なんだっけ、あのけたたましいやつ。あれでさ、『ドゥルンドゥルン、ドゥルンドゥルン、地震です、地震です』って言うから大変だって急いで外に出たんだけど、全然地震こないしさ、周りの人すんごい冷静だったの。で、なんでよって思ったらさ、防災訓練だったらしくて」 「ああ、あるね。定期的にやってるよね、アレ。11時くらいのやつは、たいてい訓練だと思ってる」 「ハハハ、時間で訓練かどうか判断できるのかぁ」 「絶対ってわけではないけどさ、お役所は11時にしたがる」 「なんでかなぁ」 「みんなひと仕事終えてさ、電話が落ち着いたりしてさ、そんでもって主婦はまだお昼ご飯作りを始めてません、みたいなタイミングだから?」 「なるほど。確かにちょっと訓練に参加してやる気になる時間かも」 「そういえば、今日も訓練あるよね。11時に」 「そうなんだ。知らなかった」 「市が送りつけてくる月刊誌? なにあれ。わかんないけど、あるじゃん?」 「あるある」 「アレに書いてあるよ。何月何日、11時からーって」 「アレ、届くとゴミ箱にしちゃうから」 「しちゃう、じゃないでしょ。入れちゃう、でしょ?」 「いやいやいやいや。丁寧に丁寧に折ってだねぇ」 「あぁ、ちょっと小物入れみたいな」 「そうそう。それに生ゴミまとめてるの」 「へぇ。私もやってみようかな」 「ぜひぜひ」 「私は読んでから、ね」 「真面目だなぁ」 「っていうか、タマちゃん、本当にあまーいコーヒー好きだね」 「そう言うミサはいっつもブラックだよね。苗字が佐藤のくせに」 「いや、苗字関係ないっしょ。シュガーと漢字違うし」 「元々は加藤だったし」 「結婚しても《トウ》から逃げられなかったや」 「ハハハ!」 「あれ、なんの話してたっけ? ああ、そう、防災訓練」 「今回はなんの訓練なの?」 「なんだっけ。ミサイルだったっけ」 「ミサイルとか、やるだけ無駄でしょ。飛んでくるはずないじゃん」 「まぁ、絶対ってことはないからね。やるだけやっときゃいいんじゃない?」 「だいたい、ミサイル飛んできますって言われたところでどうしたらいいのさ」 「だから訓練するんでしょうが」 「あっそっか」 「もー。タマちゃんったら」 「ヘヘヘ。ねぇねぇ、ミサイルって、飛ばしてどうしたいの?」 「え、飛ばそうとしたことないからわかんないけど、建物を解体?」 「解体って。じゃあダイナマイト仕掛けてボォンでよくない?」 「ダイナマイト仕掛けるにはその場に行かないといけないじゃん。ミサイルだったらヒューッドォンだよ」 「ああ、その場に行くのだるいからヒューってするのか。なるほどなるほど」 「タマちゃん、ちょっと声のボリューム下げよう。話の内容が物騒すぎて、他のテーブルからなんだか尖った視線を感じるよ」 「じゃあ、ヒソヒソと話そうじゃないか」 「あ、ごめん、ちょっとコーヒーを一口。はーっ、カフェインきたきたー!」 「ねぇ、話変わるんだけどさ。ミサはさ、女の付き合いってめんどうくさいと思う?」 「え、女二人でコーヒー飲みながらくっちゃべってる最中に、女の付き合いについて語る?」 「あのさ、最近ちょっとめんどうくさいなってことがあったの。職場でさ、『ちょっと話聞いてよ〜』って言われたから、タダで話聞いてあげたんだけどさ」 「タダでって」 「え、だって、わざわざ時間作って聞くんだよ? 缶コーヒーひとつくらいくれたっていいじゃん」 「ああ、そういう心遣いを求めてたのね。なるほど、なるほど。……で?」 「で、話聞いて、うんうん頷いたわけ」 「うんうん」 「別の同僚の愚痴もあったんだけどさ、ただ愚痴りたいんだと思ってさ、うんうん聞いてたのよ」 「うんうん」 「そうしたらさ、しばらくして泣き出して」 「うんうん」 「ああ、めんどくさって思ったんだけど、その人が話したいことを話し終えてスッキリするまで聞いてあげたのね」 「うんうん」 「そのあと、どうなったと思う?」 「え、わかんない」 「ちょっと聞いてよさんがさ、別の同僚に『田丸さんがあなたの愚痴言ってたよ』って言ったらしくて」 「ハァ?」 「そしたらその同僚がさ」 「ちょっと聞いてよじゃないほう?」 「そうそう。ちょっと聞いてよじゃないほうが、おいおい泣き出して」 「うんうん」 「『田丸さんひどいんです、私の悪口言ってたらしいんです。もう田丸さんと一緒の作業はできません。心が辛いです』って上司に文句言いに行って」 「うげー、聞いてるだけでダルいわ」 「そんなこんなの後からずーっと、ちょっと聞いてよとじゃないほうがベタベタ仲良しこよししてんの」 「じゃないほうは知ってんの? ちょっと聞いてよが、じゃないほうの愚痴言ってたの」 「知ってるかどうかなんて知らないよ。興味ないし」 「なんかさ、そのちょっと聞いてよ、ダイナマイト感あるね」 「まな板だけど?」 「胸の話はしてないよ。ダイナマイトっていうか、地雷? そのうちじゃないほうも気づくよ。うんうん」 「ま、どうでもいいや。ふたりともめんどうくさい奴ってわかったからさ、割り切る」 「おお、ポジティブな感じ。いいね!」 「仕事に支障が出なけりゃいいよ。上司が作業わけてくれたらそれはそれでいいし、そうじゃなくても淡々とこなすだけさ」 「おお、かっこいい〜」 「やだぁ、かっこいいより可愛いって言われたい〜」 「可愛いぞ! ヒューヒュー!」 「ありがとー! あ、でもね、こんなキュートなタマちゃんだけどね、その『田丸さんひどいです』事件の時は結構メンタルにきてさ」 「ま、そうだろうね。頑張って咀嚼して消化したんだろうなって思ったよ。頑張った頑張った! えらいえらい!」 「ね、アタシ超えらいと思ってる! あ、でさ。そのメンタルがやばかった時はさ、ふたりの仲良しこよしを見ながらさ、こいつらが踏みしめている地面がバキッと割れて底まで落ちてしまえ、とかさ、上から槍降ってきて刺され、とか思っちゃって」 「ヤバ、だいぶ過激な」 「ね。振り返れば過激だなって思うんだけどさ、頭に血がのぼってるときって冷静になれないからさ、どんどん湧いてくるよね、過激な思考」 「タマちゃんには絶対、核のボタンを渡しちゃダメだね」 「ハハハ! あのボタンなんて拝めすらしないよ、こんな底辺の人間なんてさ」 「選ばれし者だよね、アレを拝めるのって。……ねぇ、タマちゃん。あれ押す人って冷静なのかなぁ」 「核じゃなくても、ミサイルを撃つ時、冷静にボタン押してたらそれはそれで怖いわ」 「ま、イカれてるか恐怖でブルブル震えてるかって感じ?」 「そうそう。ミサイルはアドレナリンと共に発射するもんだよ」 「あ、サイレンだ」 「え、まだ10時57分だけど?」 「ちょっと早いね」 「お役所の時計狂ってるんじゃない? 電波時計使えよ」 「エリアメールに【訓練】って入ってないや。こんなの、勘違いする人いるよね」 「お役所仕事ですなぁ」 「サイレンと一緒に違う音鳴らすのなんなんだろう」 「ヒューって。まるで本物のミサイルみたいな」 「今日の訓練って、なんかリアルだね。やだぁ、アドレナリン出ちゃう!」 「ハハハ。ほんと、そんなに頑張らなくたっていいのにね。どうせミサイルなんて飛んでこな……」  ――閃光。  〈了〉
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