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担任が教室に入ってくると、ざわめきは収まり、みな自席へと戻る。今年の担任は男性の国語教師だ。年齢は30後半といったところだろうか。
担任が今日の流れを簡単に説明すると、最も嫌いな行事と言っても過言ではないほど、憂鬱な自己紹介タイムがはじまる。
無難に名前と趣味をさらりと言う人、ギャグを交え場を盛り上げる人、言葉に詰まり周囲から哀れみの視線を送られる人。
ここではじめのカーストがほぼできあがるのだ。
「じゃあ、次、辰巳」
教師が陸の前に座る男子生徒の名を呼ぶ。次は自分の番だと思うと、陸のただでさえ低い体温が、さらに低くなっていく。
陸より頭ひとつ分くらい背丈の高い目の前の男子が立ち上がる。
男にしては少し長めの明るい茶色い髪の毛は、ところどころはねており、蛍光灯に照らされ、キラキラと光っている。
「はい、辰巳朝陽です。趣味は運動することと料理。部活はバスケ部……と見せかけて家庭科部入ってます。よろしくお願いします!」
辰巳と名乗った男子生徒はガバッと豪快に頭を下げる。周囲からは「その体格で家庭科部はやばい」とか「たしかにバスケやってそー」とか「無駄に声がでかい」などなど、さまざまな反応があり、クラス中に笑いが起こる。
先生も「元気でよろしい」と笑いながらコメントを付け加える。
これで辰巳がカーストの上位になることは決定した。
「はい、みんな静かにー。次行くぞー。じゃあ知花、よろしく」
名前を呼ばれ、陸は呪文のように心の中で自己紹介文を唱え、ヘマをしないように小さく深呼吸をしながら立ち上がる。
「知花 陸です。趣味は読書です。1年間よろしくお願いします」
少しだけ頭を下げ、陸はすぐに着席する。周囲からはパチパチとまばらな拍手が聞こえ、他の反応は特に何もない。
自分の完璧な挨拶に、陸はほっと胸を撫で下ろした。
前のやつとの温度差もあり、クラスメイトは、陸の自己紹介を酷くつまらなく思っただろう。
陸にとっては都合のいいことなので、自己評価は満点である。
これで、陸の平穏な1年が約束されたのだ。
陸は心の中で両手を合わせ、前の席の人物に感謝の意を伝えた。
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