柔らかい君

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そう思ったら動かずにはいられなかった。放課後になると、友達に用事が出来たからと断りを入れて、直ぐに教室から出ていった彼を追いかけた。 「山谷くーん」 真っ直ぐに伸びた少し華奢な背中に声をかけると、ピタリと足を止めた彼が俺の方へと視線を向けてくれる。その瞳の奥に困惑の色が見て取れて、面白いなーって悪戯心が湧いてくる。 「な、なんですか」 「暇―?」 「え、ぁ……その」 「用事ないなら一緒に帰らない?」 彼の言葉を聞く前に横に並ぶとヘラヘラと笑みを浮かべながら彼の腕を取った。それに驚いて体を固くする山谷くんに、怖がらないでって微笑んであげながら一緒に廊下を進んでいく。 「仲良しだね」 「でしょー」 途中知り合いの女の子たちに話しかけられたからピースしながら返事を返しつつ校舎を出ると、さすがの山谷くんも慣れてきたのか慌てた様子で俺から離れた。 その瞬間彼の香りが遠ざかって、残り香に少しだけ寂しさを覚える。組んでいた腕から感じる人肌の熱をもう一度感じたいと思った。 「俺のことどこに連れていくき」 「んー、特に考えてなかったな。ただ山谷くんと話してみたかっただけだし」 「意味わかんないんだけど」 「あは、俺もよく分かんないけど。なんか山谷くんっていい匂いするじゃん」 誰もいない路地の壁際に山谷くんを追い詰めて彼の首元に鼻をちかづける。 「この匂い癖になるっていうか」 「橘田ってそういう趣味なのか……」 「え?違うけど。俺は女の子大好きだし、山谷くんはなんか硬そう。あ、でも手は柔らかいね」 がら空きの手を取って揉んでやると、顔を真っ赤にさせた山谷くんがまた慌て始めた。その様子に不覚にも可愛いな〜って思っちゃう。 「可愛いね」 「やっぱりそういう趣味なのかよ」 慌てながらも呆れたようにそう言ってくる山谷くんに、ちがうよって返しながら彼の匂いを堪能する。 嫌そうにする癖に本気で逃げようとはしないから調子に乗って彼の背に腕を回したりしてみた。温かいな。女の子とは違う温かさが俺を包んでくれる。 女の子には優しくしなさいって言葉を母親から聞かされて育った。父親はあまり母さんを大切にする人ではなくて俺達を捨てて出ていって、それからは仕事をしながら母さんが俺を育ててくれた。 寂しくて、辛くて、そんな時街で声をかけてくれた女の子と関係を持って。慰めてもらったときに寂しさを埋める方法に気がついたんだ。 山谷くんはあれから明らかに俺から逃げるようになった。そんな彼を追いかけるのが俺の楽しみに変わった。彼を追いかけて、捕まえて、追い込んで、そうして彼の香りを堪能しながら温もりを感じる。寂しさを彼が埋めてくれる。 自然と女の子と遊ぶことが減っていった。 友達にも付き合いが悪いと言われたけれど、好きな子ができたからってはぐらかした。 「好きな子……」 そうしてはぐらかした言葉で恋心を自覚したんだ。どうして好きになったのかは分からない。 全然柔らかくないし、同じ男だし。すぐに俺から逃げる。でも、香りと手だけはすごく柔らかくてずっと感じていたいと思う。 「山谷くん俺君のこと好きになっちゃったみたい」 いつもみたいに山谷くんのことを捕まえて、一緒に下校しながら素直な気持ちを伝えてみた。 心臓がドキドキしていて、山谷くんの反応が少しだけ怖い。 ビビりながら返事を待っているのに山谷くんは全然反応してくれなくて、結局待ちきれなくて彼の顔を覗き込んだら真っ赤な顔をした山谷くんの前髪からのぞく瞳と目が合った。 「……かわいい」 照れちゃったのかな?それとも脈アリ? 分からないけれど、とにかく可愛いと思って、彼の頬を両手で包んで熱を確認してみる。いつも以上に温かい彼の頬は柔らかくて、俺の中の山谷くんの柔らかい場所リストが更新された。 「か、からかってんのかよ」 「違うよ。俺は本気」 「でも、女の子が好きなんだろ」 「そうだけど、好きになっちゃったんだもん」 「お、俺は……」 視線をさ迷わせながらじりっと後ろに下がる。トンって背中が近くにあった壁に当たって、途端に逃げれなくなった山谷くんは相変わらず小動物みたいに体を震わして俺から逃げようとしている。 「山谷くんは俺のこと嫌い?」 「そんなこと……」 「なら好きになって欲しいな」 「……す、好き……だよ」 瞳をうるませてそう告白してきた彼を見つめながら、俺は小さく言葉にならない声を漏らした。 「俺は!橘田とちがってゲイだしっ!ずっと橘田のこと見てて、そしたら突然話しかけてくるし告白とかしてくるし……。そういうのやめて欲しい。俺、本気だから冗談だったらり罰ゲームだとしたら辛いんだよ」 泣きそうな声で山谷くんが気持ちを教えてくれる。その顔がたまらなく可愛くて、好きで好きで仕方ないって思った。 俺にとって山谷くんは女の子と同じで優しくしてあげたい存在だけど、でも少し違う。 優しくしたいけど意地悪もしてみたい。 「冗談でも罰ゲームでもないよ。俺は山谷くんのこと本気」 震える唇を舐めて、ぁって小さく声を漏らした山谷くんの口内に舌を潜り込ませる。そうしてくちゅくちゅとわざと聞かせるように音を立てながら、俺の気持ちを教えるように長いキスをしてあげる。 唇を離すと、俺達の間に銀糸が垂れて、それをペロリと舌で舐めとった。 「な、何するんだよ」 熱に浮かされたような潤んだ瞳で山谷くんが聞いてくる。キスしたせいか前髪は顔にかかっていなくて、少しだけ童顔な柔らかい顔をはっきりと見ることが出来る。 「つまみ食い♡」 わざと山谷くんの耳元で囁くと、感じる体温が少しだけ上がったのが分かった。 Fin
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