第一章・青い瞳の女

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 モスクワ支局長・前澤浩史(まえざわこうじ)は、江藤晋作(えとうしんさく)総理に極めて近い政治部出身記者の一人だ。一昨年、内閣官房職員の機密費流用が発覚し、接待を受けたマスコミ関係者の一人として名前があがった。ほとぼりを冷ますために前澤はモスクワ支局長に飛ばされたと言われている。官邸に恩を売るニュースを送り、江藤総理の歓心を買うことで何としても政治部の要職に返り咲きたい。そんな前澤にとって反べゾブラゾフ派を取材しようとする本田の行動は目障りなものに写っていた。 「まことにご心配をおかけしてすみませんでした。だた、デモ隊と警官隊に肉薄したからこそ撮れた写真やインタビューもあります。これから支局にあがって朝までに原稿は上げておきますんで、よろしくお願いします」 「深夜残業はほどほどにしてくれよ。海外支局にも労基署の目は光っているんだからな」  そこまで日本の労基署も暇ではないだろう。嫌味だと受け流して本田は電話を切った。 「何だか仕事が舞い込んできたみたいだな」  セルゲイはすっかり酔いがさめた風情だ。アリアンナも、険悪な表情で電話をする本田を心配そうに眺めていた。 「いやあ、きょうは思いもかけず、まるで日本に戻ったみたいな寛いだ気分にさせてもらったよ。ありがとう。また、ゆっくり来させてもらうよ」  アパルトマンを後にしようとする本田をアリアンナは、外まで見送りに出た。
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