第一章・青い瞳の女

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「いや、日本人だ。カズマ、妹のアリアンナだ。まあ遠慮しないで入ってくれ」  セルゲイと同じく美しい金髪の娘が、玄関に立つ本田の顔をのぞきこんできた。深い湖のような大きな青い瞳。本田は、そこに吸い込まれていくような感覚を覚えていた。  本田は、夏になると濃い霧に覆われる海に面した町で生まれた。北海道の東端に位置する根室という町だ。母親は物心つく前に亡くなり、父親は高校教師として北海道内各地を転勤し続けたために本田は、母方の祖母・玉井輝子の手で育てられた。  輝子は、町の東端にある納沙布(のさっぷ)という岬に幼い本田をよく連れて行き、そこから見える島々を見ながら繰り返し語り掛けた。 「あの向こうに『しぼつ』という島があってな。ばあちゃんはそこで生まれたんだ。昆布が、いっぱいとれてな。春先の浜は昆布で埋まるみたいだったよ。草原には、馬がたくさん放牧されていて、牧場のおじさんによく乗せてもらったもんだ…」  択捉島(えとろふとう)国後島(くなしりとう)色丹島(しこたんとう)歯舞群島(はぼまいぐんとう)の「四島(よんとう)」からなる日本の北方領土。 このうち歯舞群島は大小八つの島からなり、輝子の故郷はその一つ志発島(しぼつとう)だ。 第二次大戦終結時の志発島は、人口は二二四九人。海藻採取が盛んで、沖合漁業の基地にもなっていた。
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