第一章・青い瞳の女

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 セルゲイはヴォトカのボトルとグラスをキッチン奥の棚へ取りに行った。その傍らでエプロンをつけて料理を始めたアリアンナの後ろ姿が本田には一瞬、妻に重なって見えた。  セルゲイはショットグラスになみなみと注いだヴォトカを一気に飲み干した。酒好きの本田もそれにならう。アルコール四〇度をこえる酒が食道を流れ下る熱さが全身に伝わっていくのを感じる。 「ずっと妹さんと二人暮らしなのかい? ご両親やほかの身内の方は? 」  ショットグラスを持つセルゲイの手が止まり、顔から潮が引くように笑みが消えた。 「両親は二十年ほど前に相次いで亡くなったよ。経済危機の中でな。両親はウクライナ出身で、ソ連崩壊後に集団農場を捨ててモスクワに出てきたんだ。新生ロシアの誕生当時には、そんな食い詰めた農民や労働者がモスクワには大勢(たむろ)していた。経済危機の荒波は真っ先にそんな貧乏人を飲み込んだんだ」  それまでの陽気さが一気になりを潜め、セルゲイは苦くつらい記憶を呼び起こしているようだった。両親がどのような亡くなり方をしたのか、とても尋ねられそうにはないと本田は感じた。 「さあ、できたわよ。お待ちかねのカレーライスのできあがり~♪」  男同士の酒盛りが重い空気に傾いていたところへ、アリアンナは明るく割り込んできてくれた。
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