第一章・青い瞳の女

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 本田がそんな思いにふけっていると、マナーモードにしていたスマートフォンが唸りをあげた。画面を見ると支局の番号。恐らく支局長の前澤からだ。  「もしもし、前澤だ。今、どこにいる? 無事なのか? ビルデルリング派の市民デモを警官隊が鎮圧して逮捕者やけが人が百人近く出ていると言うんで心配してたんだぞ」 「申し訳ありません。今、取材先の方と一緒で、特にけがなどはしていません」 「まかり間違って警察に捕まったら国外追放になりかねんからな。そうなったら監督不行き届きで私の査定にも傷がつく。だいたい、ロシアの反体制派の動きなんて日本じゃ関心を持たれない枝葉のニュースなんだから、そんな危険を冒すことはないんだよ。イタルタスやロイターの記事と写真を転用しとけば体裁はつく。もう少し費用対効果を考えた仕事をしてくれよ」 「はあ…」 「大事なのはベゾブラゾフの動向を追って、北方領土交渉への影響を探ることだ。政府がどんな手を打てばいいか判断材料となるニュースを少しでも多く日本に送ること。それが今、モスクワ特派員に与えたられた最大の使命だよ。わかってるね? 」  こいつは、モスクワに来ても首相官邸の尺度でしかニュースを見られないのか。本田は思わずため息をついた。
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