第一章・青い瞳の女

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 『アニー』こと、アナトリー・ビルデルリング、四十五歳。来年に迫ったロシア大統領選挙への出馬を表明した野党政治家である。ステージ中央に立った「アニー」は、マイクを口元に運び、歌うように熱弁を振い始めた。 「親愛なる大統領閣下は言う。我々の暮らしが苦しいのは、アメリカやEUのせいだ。 我らがクリミアを取り戻した正当な行為を一方的に侵略と決めつけて経済制裁を科すからだと。愛国心に訴えて、アメリカとEUに立ち向かえと旗を振る。  でも、あの宮殿は何だ! 外国から金もぜいたく品も入ってこない中であんな暮らしができるのは、我々の払った税金から盗んでいるからではないのか! 国に尽くせと言いながら、我々の懐から金を巻き上げている盗人どもに、この国を委ねていていいのか! 諸君、どう思う?!」    本田の周りの若者たちが呼応するように叫び始めた。 「ニエット! ニエット!」 「盗人たちから、この国を取り戻すんだ! 」 「盗賊どもを、クレムリンから追い出せ! 」 「諸君! だまされてはいけない! 政府がやっていることは、ロシアを世界から孤立させ、国民に苦しみを強いるだけだ! クリミア併合反対! 軍はウクライナから手を引け! 」  クレムリンから北に一キロ余り。プーシキン広場に集まった二千人余りの聴衆のボルテージは、『アニー』の演説が始まって早々最高潮に達していた。
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