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本田が、盛んにカメラのシャッターを切っているのに目をつけたのか、「アニー」とよく似たブロンド髪の長身の男が声をかけてきた。歳のころは三十代後半あたりか。肩口にカメラと脚立を背負っているところからロシア人の同業者と思われた。若い頃のケビン・コスナーを思わせる美男子だが、一見さわやかに見える笑顔には、この世の現実を冷笑する虚無感があるように本田には感じられた。
「しかし、日本人がアニーの演説会を取材とは珍しいね。お宅の国の首相閣下は、随分と『ベゾ』との仲の良さをアピールしているからな。モスクワにいる日本人記者の多くは『ベゾ』の宿敵を追っかけるのを憚る向きがあるようなんだが、きみは考えが違うのか? それとも新顔みたいだから単なる勉強不足なのかな? 」
いきなりの挑発に、本田は自分の直感の正しさを感じた。
「全ての日本の記者が首相の政策、特にロシアとの間の領土問題についてのスタンスを支持しているわけじゃない。僕もそうした一人だということさ」
挑発に乗ってきたのが面白いのか、ロシア人の男は一層愉快そうな顔をした。
「ほう、なかなか骨があるんだな。領土問題というと、南クリルのことかい? 」
「ああ、お宅の国が国際法を犯して不当に占領した日本の北方領土だ。僕の祖母は、その中の歯舞群島の生まれなんだ」
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