第一章・青い瞳の女

6/35
前へ
/449ページ
次へ
 男が少々たじろぐかと思ったが、にこやかな表情は少しも変わらなかった。まるで全て織り込み済みであるかのようで、本田には不思議な感じがした。 「しかし、アニーが日本との領土問題にどれだけ関心を持っているかは未知数だぜ。ウクライナから手を引けとは、散々言っているけどな」 「だからこそ聞いてみたいんだ。彼の北方領土に対する見解を。あの「ベゾ宮殿」の動画は世界中にインパクトを与えたからな」  「アニー」は、ベゾブラゾフ大統領の他にも、閣僚や与党有力政治家の豪邸や隠し財産の実態をネット動画で次々と発信している。どの動画もハードロック歌手のミュージックビデオのように煽情的な作りだ。その政治手法は、経済制裁による不況で働き口もなく閉塞感を抱えた若者や貧困層の心を捉え、都市部では支持者が急増した。  欧米諸国は、来るべき大統領選挙ではベゾブラゾフにとって最大の敵になると見て「アニー」に注目し、集会の会場には、各国メディア関係者の姿も目についた。  やがて、集会の参加者たちは主催者の先導で、プーシキン広場からトベルスカヤ通りに出て、クレムリンに向けてデモ行進を開始した。本田は、ケビン・コスナー風の男と並んで隊列に加わる格好になった。皆、「アニー」の演説に煽られて、『ベゾ』は税金を盗んでいるとか、盗人連中をクレムリンから追い出せ、などと大声を上げている。
/449ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加