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「それで木坂先輩のことを好きになっちゃったわけだ?」
もう何回目になるか分からない、梨花と木坂との出会いを聞かされた夏菜子が胃もたれでもしているような表情で言う。
「そう! まさに運命的な出会いだと思わない?」
梨花が訊ねると夏菜子は呆れたように答えた。
「困ってるから狛犬はすごいセンスだなと思うわ」
「そこはいいのよ。やっぱり、運命だと思うの。誰もいない学校で、偶然出会った男女が恋に落ちるって漫画みたいじゃない」
「先生たちはいたんじゃないかな。生徒がいなかったのも放課後だったからだし。それに恋に落ちてるのは梨花だけじゃないかしら」
「ノーセンキュー正論!」
大きな声で夏菜子の言葉を拒絶する梨花。突き出した手のひらを壁にして聞かなかったことにした。
少し冷めたように言う夏菜子だが、梨花が人を好きになったことは喜んでいる。小学生の頃からずっと一緒にいた梨花の初恋。応援していないわけがなかった。
だが無責任に背中を押すわけにはいかない理由がある。
「木坂先輩かぁ」
夏菜子が呟くと梨花は首を傾げた。
「もしかして、夏菜子も木坂先輩のことが?」
「そんなわけないでしょ。なんかキラキラしすぎててタイプじゃないの。私のタイプは大人しくて、何考えてるか分からない人。家に引きこもって推理小説書いてニヤニヤしてる人がいいわ」
「いるかもしれないけど、どこで出会うのよ、引きこもってニヤニヤしてる人と」
「引きこもって推理小説書いてニヤニヤしてる人ね。私のタイプはいいのよ。今はキラキラ先輩の話でしょ」
「木坂先輩ね」
梨花が訂正すると夏菜子は指を折りながら、木坂の情報を口に出して数える。
「まず、あのルックスでしょ。なんだっけ、モデル事務所にスカウトされたことがあるとかないとか」
「写真集欲しいもんね。ファースト写真集『木々に包まれた坂の上で風を浴びて』みたいな」
「ださっ。木坂の使い方それでいいの? あと、男女分け隔てない優しい性格ね。それも天然の優しさなのがわかるわ。打算なんてこれっぽっちもなさそう」
「天然記念物ってこと?」
「ある意味ね。それに加えてサッカー部のキャプテンだし、校内テストの順位も高い。これはモテるわね」
呆れたように夏菜子が言う。
誰から見ても、木坂は好感が持てる男だった。何かが優れている、というレベルの話ではなく、他人から好かれる要素だけで構成されたようなものだ。
さらに夏菜子は「その上」と話を続ける。
「浮いた話がないらしいわよ。もちろん、木坂先輩を狙ってる女子は多いんだけど、誰とも付き合ってないんだって」
夏菜子の話を聞いた梨花は同時に二つの疑問を抱いた。
「まず聞きたいんだけど、どうして夏菜子はそこまで知ってるの?」
梨花が訊ねる。夏菜子はニヤっと口角をあげて答えた。
「これくらい調べればわかるわよ。気になったことは調べる、基本じゃない」
「行動力すごすぎない? じゃあ、気になったついでに聞きたいんだけど、狙ってる女子が多いのに木坂先輩が誰とも付き合ってないのはどうして? 誰とも付き合わないって決めてるとか?」
二つ目の疑問を梨花が言葉にすると、夏菜子は意識的に声を小さくして顔を近づける。
「呪われてるらしいの」
「呪われてる?」
思わず梨花は聞き返した。夏菜子から返ってきた答えはあまりにも非現実的である。ふざけているのか、と思い笑いそうになる梨花だが、夏菜子の表情は真剣だった。
「え、本気で言ってるの?」
梨花が訊ねると夏菜子は軽く首を傾げた。
「私も噂で聞いただけなのよ。ただ、木坂先輩に近づこうとする女は全員もれなく不幸な目に遭うって」
それを聞いた梨花は自分の右膝に残る痛みを思い出す。
確かに今朝、木坂に挨拶しようとした瞬間、梨花は何もないところで転んでしまった。それだけじゃない。思い返せば何度か同じようなことがあった。
サッカー部の練習をしている木坂に声援を送ろうとしたら、サッカーボールが飛んできて額で受け止めることになったり、下校時に木坂を見かけて追いかけようとしたら、黒猫の大群に囲まれて動けなくなったり、思い当たる節は多い。
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