エイプリルフールの午後

4/5
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 彼女の家が、母子家庭だということは知っていた。中学からこちらに越してきたということも。多くの時間を共に過ごして、もう知らないようなことなど何もないような気がしていた。 「あの……」  かけるべき言葉を見つけられずにいると、彼女がまるで水中から浮上したときのようにぷはっと息を吐いた。そして、わたしの知っている表情で笑い出した。 「嘘だよ」 「え?」  呆気に取られたままのわたしに、嘘、嘘、と繰り返す。 「ほら、今日、四月一日だから」  日付を言われてもすぐには何のことか分からなかった。それだけ、彼女の話に引き込まれていた。 「エイプリルフール……」 「そう。いつも落ち着いてて、普段全然動じてくれないから、ちょっと驚かせてみたいなって思っただけなんだけど」  思ったより信じてくれてるみたいだったから。そう言ってまた笑う彼女の笑顔は小学生みたいで、ちっとも美少女のそれではなかった。 「騙された?」 「騙されたよ。反応にも困ったし……」 「最低な大人と暮らしてたのは本当だけど、別に殺してはいないよ。母が普通にお別れしただけ」 「そっか」  まだ、心臓がばくばくしている。きっとこの先どんなエイプリルフールが来ても、わたしが驚くことはないだろう。そう思った。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!