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まさかストーカーではありませんね?
「どういうことでしょうか。急に?」
あのようにたくさんの人だかりは、いったいどこから湧いて出たのでしょうか?
けれどその時にはもう、私はチュロスを腹の中へと送り込んでおりましたので、関係ないやと先を急ぎました。
……。
……。
……と見せかけて、私は踵を返します。
困っている人を放って先を急ぐなど、鬼畜の所業。
私は人混みを掻き分けて、キッチンカーへと乗り込みました。
「なんだおまえは! なんで勝手に入ってくるんだ!」
「私は澤田絵令と申します。なんでもいいから早くチュロスを揚げてください」
「う、う、うぃ、わかった」
私はすでに揚がっているチュロスに砂糖をまぶし、包み紙にくるくると巻き巻きし、300アレを受け取りながら、チュロスを渡していきます。
「すみませ〜ん! チュロスを2本、いえ、3本、待って! アラハムさんのためならエンヤコラで、やっぱり5本ください!」
「アラハムさんのためにチュロスを10本ですね。毎度ありがとうございます!」
そして、隣で忙しくチュロスを揚げているアラハムさんに向かって、20本追加でぇーーす! とお伝えします。
片っ端から大量に売り上げていき、ようやく人だかりが解消しました。
「ふぅーやっと終わった……」
1時間は経ったでしょうか。
アラハムさんもイスに腰掛けながら、魂が抜けてしまったかのように、天を仰いでいます。
「つ、疲れた……」
けれど、なぜか半端ない達成感。
「やり切ったあ」
私たちはお互いに顔を見合わせ、グータッチを交わします。そして、アラハムさんが残っていたチュロスをぐいと渡してきます。
「食え」
「頂戴します」
無言で一緒にチュロスに食らいつきました。
ごちそうさまでございます。
*
「送っていく」
アラハムさんがエプロンを脱ぎ、バサっと座席に放ります。
「もう帰るだけだし、手伝ってくれた礼だ」
「それはそれはありがとうございます。実はもうへとへとです」
私が笑いながらそう言うと、アラハムさんもふすっと吹き出して、俺ももう限界だと笑いました。
その笑顔といったら、まるで太陽のように輝いています。無愛想とばかり思っていましたので、これにはやられました。ズキュン。
「笑うと幼く見えるのですね。アラハムさんはお幾つなのですか?」
運転席に座り、私を助手席へと促します。私は助手席に座り、シートベルトを……
あれ? ない。
運転席にも……ない。
「ん? 俺か? 俺は27歳だ」
「そうですか。一つ歳下ですね」
ブゥーとエンジン音。ガタガタと小刻みに揺れて、走り出します。
「歳下で悪いか! あいつは……あの男は幾つなのだ?」
「あの男?」
「公園にいただろう? あのいけすかない男のことだ」
「庭師のカンジさんですね。23歳と聞いています」
「はっ! 俺より全然歳下じゃねーか。若造め! 俺からしたら乳飲み子と一緒だな。今度会ったら捻り潰してやる!」
ハンドルを操作しながら、興奮気味にお話しされます。
(なんだか無駄なライバル心ですね)
そして、キッチンカーを停車させると、
「え、エレ。こ、今度またこのキッチンカーの手伝いをしてくれないか?」
私は素直にはいと頷きます。
「今日はチュロスでオッケーですが、では次からアルバイト代をいただきます」
「あっ! バイト代……」
私はキッチンカーを降り、言いました。
「今回は送ってくださった、この御心をいただきましたので、それで十分でございます」
アラハムさんは顔を真っ赤にしながら、「わかった! ではまた」と言い、アクセルを踏みます。
私は爆走していくキッチンカーを見送り、そして布地屋さんに入りました。
ふと。
「なぜ、私がここに行くことを知っていたのかしら?」
ぞわりと背中に悪寒が走ります。
「まさか……新手のストーカー?」
謎は深まります。怖。
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