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この胸の痛みは? いえ、わかっております。
条件反射でサイフを掴みましたが、ふと足が止まりました。窓際へと戻ります。もちろん足取りは重いのです。
「エレ! この城でも会えるとは嬉しい限りだ! 今日は、たこ焼きなるものを作ってきたぞ! 存分に食すが良い!」
下から、アラハムさまが手を振っています。
「アラハムさま、本日は身体の調子が良くありませんで……」
「なんだって? 大丈夫なのか?」
「はい。大丈夫ですが、今日は遠慮させてください。またの機会に……」
「た、たこ焼きを食べれば元気になるやもしれんっ! 俺が持っていく」
「国王陛下に足を運ばせるなど、滅相もございません」
「何を言う。病人を走らせるなどあってはならないことだ。待っていろ、俺が行く」
「アラハムさま!」
後悔しました。まさかこのような展開になるとはと。
私はサイフを掴んだまま、部屋から飛び出しました。そして、階段を一段抜かしで降りて、中庭へと走ります。
「アラハムさま!」
キッチンカーに辿り着き、声を掛けましたところ、アラハムさまはたこ焼きを舟に入れて、今まさにキッチンカーを降りようとしていたところです。
「エレ! どうしたのだ! そのように走っては、具合が余計に悪くなるではないか!」
はあはあと息が切れてはおりましたが、この胸の痛みはまた違うもの。
「大丈夫です。もうずいぶんと治りましたから」
そして私はサイフから500アレを取り出し、キッチンカーのカウンターに置きました。
舟に入ったたこ焼きを受け取ります。
「ありがとうございます。さっそくいただきます」
目も合わせることができません。そそくさとその場を去ろうとすると、ぱしっと腕を掴まれました。
「え、エレっ、少しだけ……少しだけ話をしたい」
「アラハムさま、私はお部屋に戻って、すぐさまこのたこ焼きを食さねばなりませんので」
「少しだけだ、こちらへ」
腕を引かれ、そして側にあるベンチに、半ば強制的に座らされました。手には焼きたてのたこ焼きの温かさ。けれど、胸はいつまで経っても苦しいまま。
(アラハムさまには、婚約者が……)
何度も自分に言い聞かせました。何度も何度も。言い聞かせれば言い聞かせるほど、身体のここそこがぎゅむっとなるようです。
「体調は大丈夫か? すまない、強引に誘ってしまって」
アラハムさまが横から覗き込むように、心配顔を寄越してきます。
「……一口でいい、ここでたこ焼きを食べてくれないか?」
私は諦め半分で返答いたしました。
「わかりました。ではひとつだけ。失礼して……」
たこ焼きをひとつ、口へと運びました。熱々ではありませんが、ほんのり温かみのある、優しい味わい。外はカリッ中はとろっ。最高に美味しいです。
「どうだ?」
アラハムさまがさらにどうなんだ? と覗き込んできます。その度に、私の胸はドキッと鳴るのです。胸の痛みを伴って。
「……美味しいです」
「そうか! 良かった!」
アラハムさまが笑顔を見せています。
「……とても出汁が効いていて、この甘辛ソースも相性ばっちりで……これなら視察先にも大手を振って、」
「エレ! その視察なんだが、次にはこのたこ焼きでいこうと思う。もちろんついてきてくれるな?」
私は甘辛ソースの残り味に心奪われながらも、はっきりとお断りを申し上げました。
「アラハムさま、申し訳ございませんが、お手伝いすること叶いません」
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