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私、お二人の姿を見ていられるでしょうか?
(早く帰りたい)
常に頭の中をその思いが占めております。
けれど、私は両手でパンッと両頬を叩きました。
「そんなこと言ってたらだめっ! これは私が受けた中で一番の大仕事なのよ! 頑張らないと!」
これが終われば、破格のお給料を受け取ることになっています。
「老後に備えて貯金しておきましょう」
もちろん世間一般と同じように、年金だけでは将来、心許ないものでございます。
*
宴の開始時刻となりました。
私がセッティングした大広間に、たくさんのお料理が運び込まれ、そして並べられています。
立食パーティー風にしましたが、お料理も一つの芸術として、美しく盛り付けをお願いしてあります。
もちろんお二人にはお付きの者が。その者が料理を運ぶ算段をつけてあります。
今回のテーマは『映え』。
映えを意識して、すべてのものに神経を行き届かせて、飾り付けを施しました。
「まあ、素晴らしいお料理だこと」
サラさまは笑点風な座布団にお座りになり、色々と興味深げに眺めていらっしゃいます。
「こんな美しいローストビーフのお花は見たことがなくてよ」
「滝のように流れるのは、フルーツカクテルね。色とりどりで可愛らしいわ」
「このお城のようなシャンパンタワーを作るのに、いったいどれくらいのグラスが?」
私はおもてなし係としてお側に控えました。
「おもてなし係の澤田絵令でございます」
「あなたが……そうですか。エレさん、先ほどお部屋にて、温浴マッサージを受けましたが、あれはエレさんの発案で?」
「はい。僭越ながら。長旅でお疲れではないかと拝察申し上げました。少しでもお気に召さないものがございましたら、この私めに」
「いいえ、とても気持ちよくて、わたくし、眠ってしまったほどなのよ」
「それは良うございました」
「この会場も本当に素敵。ため息が出るほど、美しいわ。エレさん、ありがとう」
「お褒めのお言葉をいただき、嬉しゅうございます。ありがたき幸せ」
ははーと頭を下げて、その場を離脱しようとします。もうそろそろ、アラハイラム国王のご入場でございますから。
(仲睦まじいお二人のお姿を見るのは辛いですが、ここは心をロボットにして……)
パパパーパパパー♪
そして、ラッパが高らかに鳴らされます。
「アラハイラム国王のおなーりー」
ドアが盛大に開かれました。アラハムさまは、いつもの見慣れたキッチンカーでのエプロン姿では、もちろんありません。王冠をかぶり、重そうなローブを羽織って、真っ直ぐな視線で大広間へとお入りになっておいでです。
(かっこいい……)
見間違えてしまうほど、ご立派なお姿です。やはりこの国の王というべき人。
前国王、皇后両陛下の突然の死(お二人を乗せた馬車が馬の暴走により崖から転落したとお聞きしております)を気丈に乗り越え、国王の座を引き継いだ若き国王陛下。
私が恋に落ちたあのキッチンカーの店員さんではないのです。
涙がぽろっと一粒落ちました。慌てて手の甲でぐいっと拭いました。
(このようなハレの場で、陰気臭く泣いてはいけない)
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