心ここに在らず、ですね?

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心ここに在らず、ですね?

アラハムさまが、お席の座布団に腰を下ろします。そのお姿を、隣から熱い視線で見つめるサラ王女。 胸が痛みました。雑巾……いえ、グレープフルーツを、ぎゅううううううっと絞るかのように。(絞ったグレフル汁は酎ハイに入れて後ほど美味しくいただきました) 「サラ、久しぶりだな。息災であったか?」 「はい。お陰さまで。アルこそご立派になられましたね。一緒に追いかけっこをしていた頃が懐かしゅうございます」 「本当だ」 ははは、ふふふと笑い合い、そして。 お互いにお酒を酌み交わし、ぐいっとグラスを空けました。 「あら、これ美味しい」 「本当だ、うまいな。エレ! ここへ!」 名前を呼ばれ、どっと心臓が跳ね上がりました。 「は、はい」 胸の痛みを抱えつつ、そそそと御前へ、斜め45度ほどの位置から進み、その場で膝をつきました。 アラハムさまは、目を細め、私を見ています。 「エレ、この酒はどういうものなのだ?」 私はこうべを垂れ、そして慇懃に答えました。 「こちらは、『微ビア酒』でございます」 「『微ビア酒』?」 「はい。普通のビア酒よりはアルコール度数の低いものでございます」 「なんと、そんなものがあるのか?」 これ以上、お二人の仲睦まじい会話の邪魔をしてはいけないと頭では理解してはおりますが、心では……。 「はい。この日の為にと地方より探し出してまいりました。製造工程といたしましてはまず通常のビアを作り、そこからアルコール分を取り出して、微アルコールにします。このひと手間がありますから、少々お高いですが。フルーティーなものと苦味が強いものと二種類ございまして、今回はフルーティーな方をご用意いたしました。お口に合えばよろしいのですが……」 「いや美味いぞ。サラはアルコールには弱いし、しかもフルーツは大好物だよな」 「はい!」 「……それは良うございました」 アラハムさまの太陽のような笑顔がサラさまへと向けられています。胸にツキっと痛みが走りました。知らず知らずのうちに力が入り、唇をぐっと引き締めていたようです。 「エレさん、とても美味でした。口当たりも良くて、アルコールが軽くちょうど良いからか、とてもふわふわとして良い気持ちです」 「ありがとうございます」 「完璧だ! さすがエレ、その才能、リュミエルのもとでは十分に発揮できずに、もったいないと思う。エレ、ぜひおもてなし係としてこの城で働いてくれ!」 「それはとても良いアイデアだわ」 思わぬ提案にサラ王女も乗っかってきます。人の気も知らずとはこのことで、私は逡巡してしまいました。すぐに返答ができず、言葉に詰まってしまったのです。 「……エレ?」 顔を見られたくなく、私は顔を伏せました。 「あ、アラハイラム国王陛下のお言葉、ありがたき幸せにございます」 「では!」 「……少し考えさせてください。」 「……そうか。ああもちろんだ。返事は待つ」 そして、アラハムさまはお顔を翳らせながら、残った『微ビア酒』をぐいっと飲み干しました。 「待つのには慣れている……」 それはそれは小さな呟きでございました。 ✳︎ 宴もたけなわ、もうそろそろ蛍の光が流れ始める頃、アラハムさまとサラ王女の距離も近くなっておいでになりました。 「そろそろ私……」 サラさまが立ちあがろうとしますと、足元が覚束なくなっているのか、それとも笑点風座布団に足を取られたか、ぐらりと身体が傾いてしまわれました。 そこへ、サラさまが倒れまいと、アラハムさまが腕を伸ばし、サラさまを支えておいでです。 「おっと、サラ、大丈夫か?」 「はい。ありがとうございます。大丈夫です。少し足が痺れてしまって」 すかさず私は謝罪を致しました。 「サラさま、申し訳ございません! イスをご用意すれば良かったものの、お座布団にしてしまい……映えを優先にしてしまった、私めの失態にございます。どうかお許しくださいますよう」 三つ指ついての謝罪でございます。私は必死で謝りました。 すると。 「なにを仰るのです。エレさんは私を喜ばそうと、一生懸命おもてなしを頑張ってくださったじゃないですか。私、本当に感動しましてよ。楽しい宴でした」 なんと出来たお方でしょうか。 このようなご立派な王女さまであれば、アラハムさまのお妃にはもってこいのバッチグーでございます。 「もったいないお言葉でございます」 胸は痛みますが、このお方ならアラハムさまをお幸せにしてくださる。そして当然、私にはアラハムさまのお側にいる資格もなく。そう考えると、ぶわっと涙が溢れ出てしまいました。 「え、エレ、どうしたのだ?」 アラハムさまが、サラ王女を支えていた手を、そっと伸ばしてくださいます。お優しいことですが、そんなことはいけません。お二人の恋路の邪魔になってしまいます。 「申し訳ございません。サラさまの優しいお心遣いに感極まってしまいました」 すぐにポケットからハンカチを取り出し、頬に当てました。 「どうぞお気になさらず、お部屋でおくつろぎくださいませ」 辛い。けれど、これでもう、お役目御免です。 お二人が仲睦まじくお帰りになったのを見届けてから、私は涙を拭い、片付けを始めました。
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