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ご当主様にお会いしましたか?
私は私の名前を連呼する声の方へと振り返りました。
よくよく見れば、数人の中に見知った顔、洋風ソース顔の集団の中に、和風あっさり醤油の顔が一人、埋もれているではありませんか。
胸には『つづや』とあります。周囲とは一線を画し、日本のザ・庭師という格好で、こちらを驚きの顔で見ています。
「澤田さん、どうしてここに?」
もちろんもちろん、顔見知りの植木屋さんです。以前、勤めていた会社の玄関辺りの植木を剪定していただいていた業者の方です。
「つ、つづやさんこそ!」
「ふーむ。澤田さんもここに連れてこられたってわけすね!」
興奮気味のつづやさんは、花切りバサミを小刻みに振り回しながら、近づいてきます。近くに寄っていらして初めて、サイドを刈り上げた髪型や、私よりも遥かに背が高いことにも気がつきました。
「連れてこられたというか……気がついたらこんなところに」
「そうそう! 俺もそうだったんっす!」
この男性は、つづやさんの中ではまだお若い方で、中学卒業後直ぐに弟子入りしてきたのだがこいつぁ筋がいいんだぜぃっと、親方が褒めていらっしゃった人で。けれど、顔を知っているというだけで、あまりお話ししたこともありませんでした。
「あの……『島津商事』では私が剪定のお願いを発注させていただいていました。お名前を存じ上げなくて申し訳ないのですが……」
「俺、杉野完二っす。よろしく!」
「私は澤田……」
「エレさんっしょ? 名札見てるんで知ってます」
こちらこそよろしくお願いしますと、握手をしました。
カンジさんは他の庭師の方々に声を掛け、少し休憩を取ってくれました。そして、少し離れた場所にあるベンチへと移動し、ことの成り行きを話し合いました。
「じゃあ、カンジさんも島津商事のあの階段で?」
「親方に頼まれて、請求書をお届けに。で、情けないことに、足が突っかかってしまって階段から転げ落ちたんす。それで気がついたらこの城の庭で倒れてて。しっかし不思議なこともあるもんっすね」
「本当です」
「でも、なっちゃったもんはしゃーねえってことで、腹あくくって、ここで庭師として雇ってもらってるってわけっす」
「そうですか……では私も腹をくくらねばなりませんね」
しみじみ語り合います。
「ところで、この城のご当主さまにはお会いしました?」
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