告剥

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 そもそも好きで、こうなったわけではない。 母に言わせれば、この容姿はほんの少し神様がいたずらした結果、らしい。都心を歩けば芸能事務所からスカウトされ続け、学生時代は暇つぶしにとファッション雑誌の読者モデルをしていた母と、異国の血を半分引いた父との間から生まれた自分、ルイは両親達の「良いところ」の遺伝子を受け継いだ、らしい。父は自分の物心のつかない頃からいないので、正直よくわからないけれど。 兎に角、この見た目のせいで幼少期から散々な目にあってきたのだ。公園で遊んでいた時に連れ去られそうになったり、学校の帰り道に見知らぬ輩について回られたりしたこともある。無理やり腕をひっぱられたことも一度や二度ではない。父譲りだという外国の血筋からなのか、12歳を超えた頃から急に背丈が伸びて、共に並ぶ同級生達より頭一つ出るようになるとその頻度はぐっと減ったものの、その代わりに別の「面倒臭い事」が起こるようになった。 それがつまり、いまの悩みだ。  まだ何か言いたげな目を向けてくる男を振り切るようにして、校門まで早足で歩く。下校時間も当に過ぎ、人もまばらになっている中で、顎で切り揃えた黒髪を艶やかに揺らすヒヨリが自分の視界に入ると、頭で考えるより先に小走りになる。  表情が伺える所まで近づくと、ヒヨリは明らかに膨れっ面だ。 「ヒヨ!待たせてごめん…!。」 自分がすぐ側まで走り寄ると同時に、正面を向いたままのヒヨリはそのまま、いつもの帰宅路を歩き出した。明らかに怒っている。ヒヨリは、我慢することが何より嫌いだ。慌てて自分からヒヨリに腕を絡めると、ヒヨリは横目だけでこちらを覗き見るようにして、すぐまた目を逸らした。 「遅い、もう今からじゃ間に合わないじゃん。」 「ごめん、ごめんって…明日、いこ!。」 「明日はピアノがあるから、無理。」 待たされながら沸々と怒りのボルテージを上げていたであろうヒヨリは、絡められた腕を振り払うように身を捩る。自分は力を緩めつつも、腕がほどかれぬようにささやかに抵抗した。 ヒヨリから電話で映画に誘われたのは日付も回る少し前、つまり真夜中。我慢することが出来ないヒヨリは、いつだって急に誘ってくるのだ。けれど、その誘いを喜んで受けたのも自分だし、予定を狂わせたのも自分だ。……いや、8割はあの男のせいではないか?不意に先程の出来事を思い出して、胸糞悪くなる。 「…明後日、土曜日なら空いてる。」 「え!本当ー?嬉しいっ。」 急に顔を顰めた自分の表情を見て勘違いしたヒヨリは、未だ怒りを引きずりつつも、小さな声で早口に呟いた。その声を、表情を見逃さない。ヒヨリは基本的に自分に正直だけど、他人の態度に敏感なのだ。恐らく、怒りに身を任せたヒヨリに、自分が腹を立てたのだと思ったのだろう。そこまでわかっていながら、自分は知らないふりをして再度ヒヨリの腕を抱くように身を寄せた。小さなヒヨリ、わがままで可愛いヒヨリ。 「…ねぇ、髪。鬱陶しいよ。」 「だって、ヒヨが長い髪が好きっていうから」 緩く巻かれた自分の長髪が、ヒヨリの顔をくすぐる。もうそれ程怒っていないヒヨリの表情は柔らかい。  ヒヨリの母と自分の母は、互いが独身の頃から仲が良く、結婚して疎遠になっていたが、それぞれシングルマザーの立場に変わってからずっと姉妹のように寄り添って生きている。自分とヒヨリは小さな頃から今現在16歳になる今まで、ずっと一緒だった。 小学生の頃、ヒヨリに言われた「ルイはお人形さんみたいだから、髪はロングじゃなきゃダメ!。」を、自分は忠実に守り続けている。定期的に傷んだ部分を切ったりはしているものの、背中半分まで覆う髪は、ヒヨリへの気持ちの分の長さだ。 「ねえ、ヒヨ。日曜はさ、ヒヨが行きたいって言ってたあの可愛いカフェにも行こうよ。」 「うーん、気分が乗ったら、ね。」 そう言いながらも、ヒヨリの口元が緩むのを自分はまた見逃さない。そしてその表情ひとつで、自分の心は簡単に舞い上がるのだ。そっと、腕から手へと繋ぎかえると、ヒヨリはぎょっとした顔で急に立ち止まり、繋がれた手をそのまま目の前に引き出した。いきなりだったので、自分は少しツンのめってしまった。 「え、何?強く握り過ぎた?。」 繋がれたままの手を見つめるヒヨリは、校門で自分を待っていた時と同じ、怒りにも似た、だが見方によっては子供が泣き出しそうになるのを我慢しているようにも見える。 「…ルイの手は、ピアノ弾くのに向いてるね。」 「え…?そうかな…?」 「……うん、じゃあ、また明日。」 そう言ってヒヨリは一瞬の隙をついて、握っていた手を解いた。気がつくともうヒヨリの家の前まで歩いてきたことに気付く。  自分の家はその目と鼻の先だ。学校がある日は大抵ヒヨリの家を経由してから登校するし、帰りは大体校門で待ち合わせてヒヨリを送り届けて帰る。昔からの日課だ。 ヒヨリはそのまま振り向きもせずに、家の鍵を鞄から取り出して、誰もいないヒヨリの家に入ろうとする。ヒヨリの母が仕事から帰ってくるまで、彼女はひとりぼっち。 「ヒヨリ。ちょっと、」 自分の言葉を無視してヒヨリが扉を閉めようとするので、急いでその扉をこじ開けるように動きを制した。丁度玄関の扉の隙間から、ヒヨリに見上げられる形になる。  昔からヒヨは、泣く寸前に鼻の先が真っ赤になるんだよ。ほら、もう涙目だね。心の中でそっと呟いた。そして目の前の可愛いヒヨリに、自分はいつものように投げかける。 「ヒヨ……好きだよ。」 「…だって、ルイは…。」 そう言ってまた俯くヒヨリの足元に、ポツリと小さな雫が垂れる。泣いているヒヨリも可愛い、今すぐ抱きしめたい衝動にかられる。だが自分はまた、今日何度目かの知らぬふりをして扉から手を離した。 「鍵、ちゃんとしめるんだよ。 じゃあ、また明日ね。」
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