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高校の帰り、校門を出て少し歩いたところの目立たない公園のベンチにひとりの少女が座っていた。よく見たら学校でも話題になっている美少女だった。
「ねえ、こっちへ来て」
彼女が僕に手を振った。
僕は誰かと間違えてるんじゃないかと思った。
顔は知ってるけど一度も話したことがないのだ。
「今日はバレンタインでしょ」
彼女は少し照れたように言う。
そうだ。今日はバレンタインだった。僕にとっては義理チョコにさえ縁のない日だ。
「隣に座ってよ」
彼女はベンチを指差す。
「あ、うん」
これはとんでもないモテキが来たかと思った。
彼女の目は完全に僕を誘っている、そんな目だった。
ドキドキしながらベンチで彼女の隣に座ると、ほんのりといい香りが漂ってきた。
彼女はカバンの中から何かを出している。
ちょっと気になったけど、僕は緊張して見ることもできない。
さらにびっくりするようなことが起こった。
彼女が甘えるように僕の肩にもたれかかってきたのだ。
緊張感がMAXに高まる。
心臓が飛び出そう、というのはまさにこういうことを言うのだろう。
実質初対面なのに驚くほど大胆な行動だと思った次の瞬間、後頭部にチクリと何かが刺さるような感覚があった。
「動かないで」
彼女が耳元で囁く。
「5分、いや、3分でいいわ。このままじっとしててね」
わけがわからなかった。
たとえ動けと言われても動けない、金縛りにあったような感覚だ。
ただひたすら彼女のいい香りだけが漂ってくる。なんだか眠気に襲われる気もした。
3分経ったのだろう、「ありがとう」と彼女が言うとまた後頭部に違和感を感じた。
見ると彼女の手には細い針があり、そこから伸びたコードは胸の辺りに繋がっているようだった。
「ごめんね。私はアンドロイドなの。今日は予定外にバッテリーを使っちゃって切れそうだったのよ。だから誰か騙して充電できるような人間でも来ないかなと思ってたの。人間の脳細胞からでも充電できるから。そこへ通りがかったのがあなた。あなたのことはまったく知らないし、もちろんこれから知ることもないだろうけど簡単に騙せそうな人間だったし。ごめんね。ちょっとフラフラすると思うけどすぐに治るから。じゃあね」
アンドロイドだった彼女はすっかり元気になって歩いて去って行った。
まったくもって酷い話だ。僕のことを誘うような表情にすっかり騙された。
でも僕は彼女の後ろ姿を見ながら思う。
彼女にならまた騙されてもいい。彼女はそれだけ魅力的な人間、いや、アンドロイドなのだから。
僕は立ち上がって歩き出す。
フラフラしたけどなぜかいい気分になったものだ。
彼女は僕を酷く扱いながらも、充電している時、無意識のうちに僕に対する愛情も少しだけ僕の方へ流入したんじゃないか、なんて妄想した。
そしてもし僕がホワイトデーに彼女に何かプレゼントしたら、彼女はどんな反応を見せるだろうと思った。
それこそまた帰りに公園で待っていて僕のエネルギーを全部吸い取られてしまうのだろうか、あるいは今度は彼女の方から恋愛感情のデータをインプットしてくるかもしれないと思ったりして、なんだか楽しみに思えてきた。
THE END
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